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ノエルと出会って5年くらい経った頃の話だ。
俺は森の中に食べ物を取りに行って居た。偶々見つけたものだけど、木苺とか林檎だとか、果物が実ってる場所があった。その日ノエルは親の手伝いがあるとかで居なかったから俺は一人でその場所に向かい、ノエルの分もと思って少し余分に取って来た。
今にも壊れそうな木の網籠に詰め込んで、足場の悪い道を歩いてイーリウムに戻る。
だけどイーリウムに近付くにつれて何か違和感を感じた。
いつもなら騒がしさが聞こえてくる筈なのに、その騒がしさが一切無い。あまりにも静かすぎる。
足を踏み入れても、人の気配すら感じない。
「………?何だ…?」
やけに胸騒ぎがした。
嫌な予感が胸の中で渦を巻く。
籠を投げ捨てて村の中に走って行った。
投げ捨てた際に転がった木苺が、地面に強くぶつかって潰れた。
少し行った所で、ボロ屋の影から足首から下が倒れて見えて居た。足首から上はボロ屋の中に隠れてしまって見えない。そのボロ屋は俺と親父が使っているボロ屋。
「………親父…?」
掛かった暖簾を上にたくし上げて中を覗く。
中には倒れた親父の姿と、土を汚す木苺みたいな赤。
「っ、親父…!?おい!何が、あっ…た…」
呼吸を感じられない。
心臓が動く音を感じない。
首から飛び散るように右半身だけ染まった赤色。
駆け寄って揺り動かした時には既に親父は死んでいた。
俺は直ぐにボロ屋を出て、イーリウム中を駆け巡った。
確かにあんな屑みたいな親父でも、俺の唯一の親族。親なんだ。
こんな時だけ助けを求めるのなんておかしいのは分かってるし、今の俺の状態からしてまともに話を聞いてくれる気がしない。
それでも誰かに、縋る事が出来るのなら。
でも、その願いは虚しく消える。
辿り着く家々全部、全員。
誰一人、生きてなかった。
俺の事を"化け物"だと言った奴らも、
冷たい目で見ていた奴らも、
最近来たんだろうなって言うような奴らも、
みんな、全員。死んでた。
「……‥、まじかよ…、こんな、事って…」
後ずさりをして、壁にぶつかるとそのまま地面に座り込んだ。
目の前に広がる現実を否定するしか出来ない。
どれだけ否定しても、目の前に広がる現実は虚しくも真実で、否定の仕様がなくて。
不意に、ノエルの事を思い出した。
彼女だけはまだ見つけていない。
"帰って来たらここに来て"と森の中に入る前に言われた場所がある。
初めてノエルとあった場所。
そこならもしかしたら。
彼女だけでも。
生きているかもしれない。
希望だけを大きく膨らませて走った。
予想通り、ノエルはその場所に木に寄りかかるように座って居た。
「ノエル…良かった、お前は無事だった…」
俺はノエルに駆け寄って、肩に手をかけようとした。
その手は肩に触れる事なくすり抜け、ノエルはそのまま地面に横たわる。
「………、ノエ、ル…?」
ノエルすらも、死んでたんだ。
冷たくなった頬に手を添えた。
もう笑わない。
笑えない。
もう話さない。
話せない。
俺はその日。
少しの間村から離れて居ただけで、
俺の持っていた物を全部失くしたんだ。
あまりにも失くした物が大き過ぎて、暫くの間放心状態だった俺は後ろから近付く気配に気付かない。
気付いた時にはもう遅く、振り返れば目の前に広がったのは誰かの掌。
次第に薄れて行く意識の中で、最後に見たのは、嫌になるぐらいの綺麗な空と、
「唯一の生存者、見つけたわよー!」
そんな感じの明るい声だった。
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