3


足場の悪い道をただひたすらに走った。
糠るんで滑りやすくなった地面に足を取られて思うように早くは走れない。しかしそれはどうやら相手も同じな様で、距離は一定を保つ。


「このままじゃ…、撒かれるかもな…」


木々が生い茂る森の中に、雨による視界不良も加われば進み方次第では撒かれる可能性が高い。
撒かれてしまえば、僅かな可能性すら消えてしまうのだ。

左手を前に伸ばし、掌大の魔法陣が手元に描かれるとそこから白く細いロープのような物が伸びた。そのロープが、先を行く人物の左手首に絡み、これ以上離れられずに足を止めた。

魔法で出来たロープを持つクレスの左手と、先を行く人物の左手の力が均等なのだろう、足を止めても小刻みに震えて居た。


「お前、何であそこに居た。関係してんのかよ、村の者が全員殺された事に」
「私が何処に居ようとお前には関係の無い事だ…まぁ、関係無いとは言えないが」


にやり、と口元に弧を描く。その声をからして男だと言う事はわかったが、深くかぶったフードで顔が隠れて見えない。
その言葉を言い切った瞬間に、何もされていない右手の指先でロープを軽くなぞると、小さく音を発して弾けて消える。
お互いに力を込めて居た腕はその方向に弾けるように動く。


(こいつ…魔法使えんのか…!)


魔法で出来たロープを相殺したのだ、それはほぼ確定とも言えた。男は腰に下げていた刀を抜いた。


「面倒な事になる前に、お前もあの餓鬼と同じ様にしてしまえば良いか…」


地面を蹴り、男はクレスへと迫る。サーベルを巧みに操り繰り出される刃を防いではいたが足場の悪さに唇を噛んだ。
気を反らせる為に突風を魔法で吹かせ、男の懐へと走りこむ。
完全に不意打ちを狙ったそれは狙い通りに男の首元を完全に捉えていた。



「……、何をしたのか、全部話せ」
「………」


男は黙り込む。
激しい雨音だけがその場所に響いていた。


「………、この程度で私を捕らえられるとでも言うのか」


強い光が足元から発せられた。
男を中心に地面に大きく描かれた魔法陣の光は目を眩ませる程で、クレスは目を細めた。
その隙に刀でサーベルを退かすように弾くと今度はクレスに向かって刃が向けられる。
眩しさからの攻撃に目はうまく見えず、辛うじて避け地面を蹴る。だが普段と同じ強さで蹴っても泥がそれを相殺し焦れば焦る程に繊細さは欠け頬や大腿部に浅い傷を作る。
体制を立て直す隙を与えないように繰り出された攻撃と先ほどからずっと降り続ける冷たい雨が、クレスの体力を徐々に削いで行く。

気付けば、肩が上下に大きく動く程に呼吸は乱れていた。


「お前ごときに捕まるような私ではない、状況が悪かったな…」


伸ばした腕がクレスの首を捕らえ、クレスはすぐ後ろの木に押し付けられるような形になった。
握っていたサーベルが地面に落ち、両手で首を捕らえる手を引き剥がそうともがく。


「っ、…離、せ…っ!」
「丁度良い、お前も食うか。あの村の者では足りぬ」


より一層手に込めた力に苦しさから顔を歪めた。まだ隠し持っていたのだろう短剣を取り出す。短剣にはまだ赤が鮮明に残っていた。


きっとその赤は、血の赤。



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