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3年前。
エルネットは3年前まで騎士団に所属していた。騎士団には幾つかの部隊で分けられている。
まず基本として、騎兵部隊。王家の城の警備や国内で起きた事件の取り締まり、反乱者との戦いを基本とする。
二つ目に治療隊。騎兵部隊の仕事もするが、戦いにおいて負傷者が出た場合の通達や魔法による治療などをする。これには魔法使いも所属している。
そして最後に特別部隊。
筆頭騎士が直接選ぶ為、信頼を受けているとも言われる部隊。秘密裏に動く仕事などを請け負う事が多い。
その特別部隊にエルネットは所属していた。
「あたしはね、特別部隊に所属してたの。クロスビーの元で働く一騎士だった」
クロスビー。
切ない気な表情を浮かべてエルネットはその名前を呼ぶ。
「クロスビーは前筆頭騎士、あたしが騎士団に入った時にはもう既に筆頭騎士になってたわね…あたしより10歳ぐらい年上で」
10歳となれば、結構な差である。仮にエルネットが当時20歳だとしたら、クロスビーは30歳。立派な上司と部下の関係だった。
「でもね、死んだの」
3年前の今日。
クロスビーは亡くなったのだ。
ちょうど特別部隊と共に遠征に出ていた日だった。深々と体の真ん中に刺し傷があり、他の騎士員がクロスビーの元へ来た時には既に遅く、息耐えていた。
しかもそれを最初に見つけたのはーーー。
「あたしだったの、彼を真っ先に見つけたのは」
果てしない絶望がエルネットを襲っていた。彼はエルネットにとって大事すぎる人だった。突然の死を受け止めたくもなく、でもそれを否定してくれる人は誰も居ない。
「あたしは両親に勧められて騎士員に入ったわ。"女の子の真似をしないで、男らしくなりなさい"って毎日言われて…騎士団員になった最初の頃は猫かぶりして生活してた」
少なからず騎士としての才能はあった。魔法も使えていたし、剣術も上等だった。しかし、猫かぶりによる不自由さを深く感じていた。
だがその猫かぶりを真っ先に見破ったのはクロスビー。笑いながらそれを見破ると、エルネットを動かす一言を告げた。
「"お前は何で猫被ってるんだ、自由にやれ!俺はそのままのお前が見たい"….、そう言ってね、笑ったの…何か、解放された気分だったわ…」
否定され続けた本性を曝け出せと、さらりと言ってのけるクロスビーに驚きはしたが、安心した。
この人となら、命を賭けられると強く思った。
共に戦い、笑って。
気付けば20年が経っていた。
だけど、自身を動かした彼をエルネットは失ってしまった。エルネットを襲うのは深い喪失感。虚無感。
それから間も無くしてヴァレンスが筆頭騎士になり、同時期にアレルとクレスがただの騎士団員から聖騎士になった。
「あたしはクロスビー以外の筆頭に命を賭けられない、20年所属した騎士団を辞めて今の職についたの。まぁ、洋服が好きだったのもあるけど…」
真琴は自虐的に笑うエルネットが見ていられず、思わずエルネットの手を握りしめた。
「真琴…?」
「無理して、笑わないで…辛そうに、みえる…から…」
リノはその隣で両目をこする。流した涙を拭っていたのだろう。
真琴の目にも僅かに涙が浮かんでいた。
「自分で話すって言ったのに、まさか泣かせちゃうなんて…ごめんなさいね。でも知っていて欲しかったの」
今のエルネットが居るのは、大切な人が居たからと言う事。
うっすらとエルネットも涙を浮かべていた。
「…よし!泣かせたお詫びにあたしが奢ってあげる!甘いものでも食べに行きましょ!」
エルネットは突然立ち上がり、叫ぶように声高に言う。
何時ものエルネットに戻ったようにも思えるが、余りにも唐突すぎて思わず目を丸くさせた。
「ほら!行かないと日が暮れる!」
「ちょ、エルネット!?」
「真琴も行くよ!」
エルネットは真琴とリノの手を掴み、半ば強引に中庭を飛び出し、街へと降りて行った。
その時のエルネットの表情は、どこかすっきりとしているように見えた。
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