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ひらひらと翅を傍目かせ、ミルの周りを青き蝶は羽ばたく。
蝶の前に掌を差し出すと、その蝶は指先へと留まり淡い光を放って消える。
消えると同時にミルの身体も淡い青い光を一瞬放った。
その光が消えると、再び涙を零し始めた。
彼女の胸の中には色々な感情が渦を巻いていた。
蝶を受け取った事で、ラルがずっとが隠して来た思いも、苦痛も、願いも。何もかもが彼女へと伝わって来た。
「私…、知ってました、"アリス"の候補者がどうなるのかなんて…。でも…、でも…」
ぐっと悔しさから唇を噛む。
「殺し合わなきゃいけないなら、候補者になんてなりたくなかった…!」
かける言葉も見当たらなかった。
それはきっと、誰もが考える事だと思う。
ただ例外として"アリス"の候補者となった、真琴を除いては。
「…!」
何かに気付いたようにミルは立ち上がり、ホールを飛び出した。
白の中央にある大広間へと駆け込んで行く。
その後を真琴達は追った。
「お父様、お母様…っ、ラルが、ラルが…っ!」
早かれ遅かれ、"彼が消えた"と言う事実は知られる事になる。噂に沿った死に方を迎えてはいないとは言え、彼女たちは"双子"だ。悪循環の根絶を願ったミルにとっては辛い結果を招く事になるだろう。
だが、言わずにはいられない。
そう思い、両親に泣きながら話す。
思ってもいない返事が返ってくるなんて思いもせずに。
「ラル、とは…君の友達の話かしら?」
「えっ…?何を言ってるのお母様…?私の双子の…、双子の弟よ…?」
両親は共に首を傾げる。
「何を言ってるのとは、私の台詞だ。ミル、お前は最初から一人っ子ではないか」
ミルは言葉を失った。
突き付けられた言葉を信じたくなかった。
暫く呆然としていたが、再び立ち上がって今度は城内の至る所へ行く。
使用人に聞いても、「そんな人は居ない」と答え、戸籍を探してもラルの名前は何処にもない。終いには、彼が使っていた部屋が消え、ただの壁になっていたのだ。
「何、何なの…?」
理解し難い現実に頭を抱える。
誰一人として、彼の存在を覚えていないのだ。
「何なんだよ、一体…」
クレスも呟くように言う。
真琴もリノもアレルも、理解出来ていなかった。
静かになった空間を打ち破るように、アレルが言葉を紡ぐ。
「これは僕の憶測だけど…、今まで"アリス"に関しての事は歴史書には詳しく書かれてはいない…、"一人が選ばれる"とだけだ…、そして今、蝶を失ったラルの事は誰一人覚えていない…」
「……!」
勘付いたように、クレスの表情が変わる。
アレルは言葉を続けた。
「"アリス"の候補者が蝶を失い消えた後、その候補者に関する記憶が候補者"以外"からは一切消える…」
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