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「っ…、いい加減に!!しろ!!!」



息を切らしながら珍しくも声を荒げてアレルはその人の脇腹に蹴りをいれる。
思っていたより本気で蹴られたらしく、声にならない呻き声を上げながらアレルの上から退いた。

「あっ、割と本気で蹴っちゃった…!ごめんなさい」


暫くして我に返ったらしく、アレルは呻き声を上げる彼に近付く。"大丈夫、大丈夫"と言いながら起き上がるその人物は、やはり女の人にしか見えない。

「ふふっ、初めましてね?あたしはエルネット。敬語は嫌いなの、普通に話して欲しいわ」
「あたしはリノ=ミリカ。騎士団直属の魔法使い」
「じゃああたしが辞めてから騎士団に入った子なのね?可愛い名前だわ」

リノに視線を向けて、優しく笑みを零した後に真琴へと視線を向ける。僅かに表情が陰った。

「貴女、この世界の子ではないでしょ?」
「えっ…」
「雰囲気が違うもの。でも出会えたのは何かの縁よ、名前は?」
「岬真琴です…」
「そう、真琴…あたしの事はエルネットって呼んで。宜しく」


返事を返そうとした瞬間に、エルネットの唇が真琴の唇に優しく重なる。次いでリノにも同じ行為をした。それに気付いたクレスはエルネットの首根っこを掴みどうにか引き剥がす。


「クレス…」
「だから!そのスキンシップ癖止めろって…男ならまだしも女にやるのは失礼…」
「あら、もしかしてあたしにキスして欲しかった??」
「違う、断じて違う」
「あ、じゃあファーストキスをあたしに奪われたの気にしてるの?」
「…っ、っさい」

クレスは思い出したくもない過去だったらしく、言葉に詰まると顔を赤くしながら目を反らせた。 実際真琴もリノもファーストキスだったのには変わりないが、相手がどうも男には思えない為か実感が湧かなかった。


「さて、やることやらなきゃね!もう良いわよ!出て来ても」


店の奥に向かってエルネットが叫ぶと数名の女性店員が姿を見せる。先程呼んでも出てこなかったのはエルネットが命令していたかららしい。エルネットは真琴とリノを手招きすると一人の女性店員に二人を預けて色々と測り始める。奥から持ってきた大量のファイルの中にはエルネットがデザインしたドレスがたくさんあったらしく、二人はその中から選ぶ。全てが終わる頃には、出てくる時間が遅かったのもあり、辺りはもう暗くなっていた。


「じゃあ、明後日には出来てるから取りに来なさい」
「真琴とリノが行くと思う」
「あら、二人は?」
「仕事だよ、少しの間忙しいんだ」

扉の前でそんな会話をする三人。仲が悪い訳ではないのだろう。ただ少しだけ気がかりな事があったらしく、真琴はおずおずと申し出る。



「あの…、さっき、リノに"あたしが辞めてから騎士団に入った子なのね?"って…」
「あぁ、あれね…、あたし、辞めたの。元騎士団員よ」

思いがけない質問だったらしく、目を丸くさせる。エルネットは笑いながら答えるが声は笑っていなかった。聞いてはいけない事を聞いたような気になってしまい、真琴は深く俯く。

「やーね、真琴が落ち込む事じゃないの!あたしが決めた事なんだから…。今は、こんなあたしを拾ってくれた人が居ないんだもの」

わしゃわしゃと真琴の頭を撫でる。今まで実感が湧かなかったが、やはり男の人なのだ。頭を撫でる手が大きい。


「じゃ、全力で作るから!待ってなさいね!」
「宜しくね!エルネット!」
「任せなさい!リノも真琴も、最高に可愛くしてあげるわ!」


今迄の調子に戻ったエルネットを見て、僅かに真琴は安堵する。四人は店を背にして立ち去る。



「真琴」
「…」

不意に名前を呼ばれて振り返る。
他の三人は気付いて居ない。


「沢山、沢山いろんな事を知りなさい」
「…!」
「知りたいと思ったら聞けば良いの。沢山の事を知りなさい。辛い事もあるかもしれないけれど、沢山」
「…はい」


エルネットは優しく微笑む。
真琴は三人の後ろを追って掛け出した。

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