5
客室から少し離れた窓辺にアレルはいた。
手元に刻まれた優しく光る魔法陣に向かって話している。通信魔法の一種だ。
「分かりました、もう暫くしたら行きます…、っ、だから、今回は僕達じゃないですから!」
溜息と共に指先を魔法陣から離す。するとその魔法陣も間も無く消えた。そのタイミングで真琴はアレルの姿を発見し、そばに駆け寄って行く。
「アレル」
「あ、真琴か…。ごめんね、長々と待たせちゃったかな?」
「大丈夫、みんな、待ってるよ…?」
「そっか。とりあえず連絡はついたから、直ぐに行けるよ」
アレルは部屋に戻ろうとし、真琴に手を差し出すも真琴はその手を取る事はなく、アレルの後ろについた。取らなかった理由としては、半ばその手の意味が分かっていないのが一番だろう。アレルは特にそれを咎める事はなくやんわりと笑った。
「…!」
「どうしたの?」
「話し声…、ちょっと喧嘩っぽい」
突然足を止めたアレルは耳を澄ます。言われて次いで真琴も耳を澄ませた。そう離れてない所で話し声がする。はっきりとは分からないが喧嘩をしているような声色だった。
あまり音を立てないように歩き、声のする方へと向かう。
廊下の曲がり角に隠れて顔だけその先を覗くとそこには先程紅茶を部屋に運んで来た使用人ーーラルの姿と、白を貴重としたドレスを身に纏った少女がいた。
「間も無く家庭教師がお見えになります。ご準備を、お嬢様」
「…、嫌。もう毎日毎日こんな感じなのよ?私だって遊びたいわ!」
「そんな事を仰いましても、僕にはどうする事も出来ません。旦那様は貴女を立派にしようとし、沢山ご教諭なさるよう仰いました。 」
この会話からすると、ラルの前に居る少女がこの城の姫様。現王マーヴィンの娘だと思われた。
若干離れた所から見ている為よく見えないが、この二人は顔立ちがよく似ていた。表情に違いはあれど、似ていたのだ。
ラルは頑なに少女の願望を丁寧な言葉で退けているとついに少女が怒りを露わにした。
「…....っ、貴方は、…ラルは私の気持ちなんて絶対に分からないわ!」
その言葉を聞いて僅かな時間も開けずに返す。
「ええ、絶対に分かりません。僕には。"絶対"に」
さっきよりも増して冷たく言い放つ。この言葉を聞いた途端に少女の胸には後悔しかなかった。怒り余って言い放った言葉はラルも、それよりも遥かに自分を深く傷付けたのだった。
返す言葉もなく黙り込んでいると軽く頭を下げてラルは少女の横を通り過ぎて行く。
長い沈黙が訪れた。
「…、何があったんだろう…」
「喧嘩、してた…」
「あんまり、触れない方が良いかもしれないね…」
「うん…」
小声で会話をした二人は身内的問題だと見受けられたそれに踏み入る事はないように、静かにその場を去ろうとする。
そのタイミングで一瞬目を反らせた間に此方に向かって走って来た少女が角を曲がる。
まだその場に立っていただけだった二人と対面したものの、直ぐに止まれる筈もなく、アレルと正面衝突をする。
アレルは軽くバランスを崩すだけですぐ体勢を戻したものの、少女はそのまま後ろに倒れそうになる。アレルら素早く手を伸ばして倒れそうになる体を支えた。
「ごめんなさい、大丈夫…ですか?」
「ありがとう…、ございました…?」
ぽかんとした表情を少女は浮かべるも、アレルの左腕に着いた腕章に視線を向けるとしがみつくように服を掴んだ。
「貴方、騎士団の方ね?」
「えっ、…、あぁ、そうだけど…」
「なら!お願いがあります!!」
しっかりと体勢を立て直し、若干乱れた服を直すと真面目な表情となる。
「私はログファ=ミル。私の成人の儀の時にやりたい事があるんです。それに協力してはくれませんか」
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