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「ーーー理由をお聞かせ願えますか」


ぴくり、と眉が動いて静かに呟く。
声は余りにも冷静だったが感じ取られたのは確かな殺気。その返事をすればこうなることは概ね予想できたことだったが、この部屋が彼の領域である以上この殺気がいつ形を成して自分に向いてくるかは予想出来ない。だからと言って意志を変えるつもりも毛頭ないのだが。


「言葉通りの意味だ、俺はあんたのやり方も考えも同意出来ない」

彼の言う白兎がこの世界を作っていると言うなら、その白兎自体を消してしまったらこの世界はどうなる。
ある意味今の口ぶりでは白兎=世界と結び付けてもおかしな話ではない。彼の望みが『くだらない物語の終焉』で、そのくだらない物語を作っているのが『白兎』ならーーーー作り上げられた物語の中心核を失った世界はもれなく消え去るだろう。


「俺の出生も、双子が不幸の象徴になったのも、魔導師が化け物扱いされて排除されたのも、魔女が産まれてしまったのも、こんな無意味な殺し合いをやらされているのもーーーあんたがここまで歪んだ原因も、なにもかも全部白兎が作っていたとしても!今までのことを"無かったこと"にはしたくない…!俺がここに居るのは『それら』が全部あったからだ、それを無くしたところで同じ自分は生まれない、俺は少なからず今この姿で居られること・・・・・・・・・・・を否定なんてしない!」


アメジストの瞳がまっすぐこちらに向いていた。その目に写っているのはーーー怒りと呆れに似た何かだろうか。痛い程の沈黙がその空間を包む。目を逸らすことなく同じように真っ直ぐ見据えるクレスの瞳も決して揺らがなかった。今紡いだ言葉が紛れもない本心だと訴える。


「………では、仕方ないですね」


この静まりかえった部屋でなら充分に聞こえるような声が聞こえてきた。1度伏せた目が再び開かれ、閉じた瞼から覗いたのはーーーー深い朱の瞳。
それを認識したのと同時に鳥肌が立つほどの殺気を感じ取る。咄嗟に立ち上がってヴァレンスから距離を取り、レッグホルスターに指を掛ける。自分が座らせられた場所が良かったのか背中側にあるのはこの部屋の唯一の出入口だ。そこまで行けばここから出ることも、彼を止めるために他の協力を得ることも可能だろう。少しずつ後ろに下がり彼から距離を更に取って行く。ゆらりと立ち上がったヴァレンスはどこか愉しそうな、悲しそうな、口元だけに笑みを浮かべていた。


「貴方なら同意してくれると心のどこかで信じていたのですが…少し、いや、かなり残念です。あの人・・・が置いていった優秀で才能のある拾い子・・・をふたりも亡くしたくは無かったんですよ…ーーー!」


ホルスターから拳銃を引き抜き1発撃ち込む。威嚇射撃に近い、当たらないギリギリの所を狙った。空虚を撃ち抜いたその一瞬を狙って部屋を飛び出したーーーのだが。
部屋の外の様子はどうにもおかしい。気持ちが悪いぐらいにしん、と静まっていた。嵐の前の静けさと言えばいいだろうか。その空気があまりにも不気味で恐怖を感じた矢先少し離れたところで何かが動く。足音のする方へ視線を向けるとそこには名前は知らないーーーけれど顔は見たことのある、『同じ立ち位置』にいるはずの人物が複数人。騎士団の隊員だ。冷ややかな視線がこちらへと向いている。その手には見慣れたサーベルが握られていて、切っ先へ視線を下ろすと地面に滴り落ちる赤ーーーー誰かの血だ。どこか彼らの様子がおかしいと感じるのに時間は要さなかったが、何をしたのか、と聞く間すらなくその複数人の隊員はクレスに襲い掛かる。ヴァレンスにでも命じられたのだろうか。あの男なら『なにか』仕掛けていたとしてもおかしくはない。
その動きは早いが見切れる程度で、振り下ろされた刃を避けて懐に入り込み腹部に肘を叩き入れ、その衝撃で手が弛んだ隙にサーベルを取る。次に襲い来た者は振り上げた刃が落ちる前に奪い取ったサーベルで弾き飛ばして柄を叩き込み、また次は相手の背中を回って項にまた柄を叩き込む。この狭い場所で本格的にやり合うのは得策ではない。少し時間が稼げる程度のダメージを与えて走り出した。彼らが飛び道具を支給されていなかったのが幸いだったかもしれない。動けなくした、とは言え拳銃を持っていたとしたら撃つぐらいは出来るだろう。それこそ長期戦に繋がりかねない。
追いかけて来ないうちに足早に向かっていたのは真琴の部屋だ。

ここはもう安全ではない。
彼がーーーーヴァレンスの望みが叶う為の一番の近道として可能性が高いのは紛れもなく真琴だ。
少なからずここよりも安全などこかを走りながら考える。
手摺を飛び越えるようにして階段を降り角を曲がろうとした。曲がりかけたところ、半歩踏み出したところで視界に入ってきた光景に言葉を飲んだ。


「………っ、マジかよ……」


待ち構えるように武器を手にした隊員。
それも先程遭遇した人数の遥か数倍以上。

操られている、とかそう言う類ではないように見えたのだがそこに居る彼らに意思は全く感じられない。
突然どこからとも無く聞こえてきたのはヴァレンスの声。



『ーーーーー我々の脅威の対象である彼を、我々を道具のように扱い、全てが自分の思い通りにならないと気が済まない王家の血を持つ彼を、" クレス・アングラード"と言う罪深き存在を、貴方達の手で排除してください』


『ーーーー彼が王家血筋の"最後"のひとりです』



天地はひっくり返った。そう確信した。
ヴァレンスは部屋でひとり満足げに笑い、窓から外を見上げる。
溜めるに溜めた王家への、国王へのヘイトを今ここで発散させる。それは脅威ともなりうる膨大な勢力だ。今まで味方だと思っていたものが全て敵へと成り代わる。向けられた殺意に叶う術を持ち合わせない作られた傀儡の『王様』は消えた。否、消させた。心身共に疲弊した隊員の意思を乗っ取ることなど容易い。間違った世界を正しくするためのことだと言えば直ぐに寝返った。
あとはもう邪魔者を排除していくのみ。

ひとりは消えた。もう一人はここで私の手で消そう。
あとひとりーーーーもうひとつの『可能性』を守ろうとするあの男。


「ーーーー其方は任せましたよ、筆頭様」



ぼそりとそう呟いて踵を返す。
ずっと待ち望んだ物語の終焉まであと、少し。








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