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『魔女』。
元を辿れば著しく能力値が高かった分家一族のひとりに名付けられた尊敬と畏怖を込めた別名ーーーだったのだが、本来の意味合いではそうではない。 あくまでも本来の意味合いを隠すために付けられた後付けとも近い説明だ。
『魔女』と呼ばれるひとは、必ずどの時代にも存在している。全ての時代で統一されて『恐れられる存在』であった。『魔女』にのみ許される『絶対の魔法』の存在も『魔女』以外には誰にも知らされずに必ず受け継がれたものであった。

どうして『魔女』が恐れられる存在だったのか、この世界の人間は"人間でありながら恐ろしくマナとの相性が良く、魔導師と並んでも過言ではない異分子"だと認識している。それは白兎が組んだシナリオに要素として組み込まれていたからだった。白兎自分にとって都合が良いように。
なぜそうしたのかと言うと、白兎が酷く『魔女』を嫌っていたからだった。

本来『魔女』は繰り返される"アリス"の選抜とやり直しによって生まれた力の集合体ことである。
『魔女』は白兎を唯一『葬ること』が出来る。それはつまり白兎が好き勝手組んだシナリオを全て壊すことが、あるべき物語をあるべき姿に戻すことができると言うわけだ。『魔女』はそれを初めから認識してはいないが、いつか認識する時は必ずやってくる。
故に白兎は『魔女』を嫌った。『魔女』が認識をしてしまったらシナリオが書き換えられてしまう。自分の見たい物語では無くなってしまう。嫌い、恐れたが故に『魔女』は人々が恐れる存在になるようにシナリオに追加した。 そして認識するより前に消えてしまうように仕向けていたのだった。


「私は真琴彼女をこの時代の『魔女』だと認識しています。死にたがりの少女が『魔女』であれば白兎にとっては好都合。彼女の願いが死ぬことなのであれば1度蝶を渡して誰かに奪って貰えばもう自分の存在を脅かすものは何も無くなる。そうでしょう?」
「………確か、に、そうだけど…」


死にたがりのあの少女が本当に『魔女』なのであれば、彼の言う通り辻褄が合う。だがどうにも引っかかるのはもうひとりのーーーー嘗て『魔女』と呼ばれていた人物、リノだ。その経緯はともあれそう呼ばれていた姿をクレスは知っている。今の彼女がその事実を『覚えていない』ことも。『覚えていない』=『魔女』としての機能しないと判断したのであれば、白兎が真琴をその立ち位置に置いたのも分からなくはない。


「……じゃあなんで、『魔女』だったリノも候補に上がった?真琴が『魔女』なら同じ役職は2人も必要ない、2人居ればどちらかが先に消えたとしても、もう片方が"目覚める"かもしれない。そしたら、『魔女』が先に消えるように仕向けたシナリオの意味すら無くなる」
「その辺は分かりませんが……、概ね今のままでは彼女リノは役目を果たすことは無いだろうと判断したのではないかと判断しています」


困ったように小さく息を吐いて、組んでいた足を逆向きに組み直す。さて、と言葉を続けた。


「ここからは…私が貴方に向けた"取引"の話をしましょう、『貴方にしか頼めないこと』ですから」
「...、俺にしか、頼めないこと」
「簡単なことですよ、とても。迷う必要すらない。
ーーーー私に代わって貴方が"アリス"になってくれればいい。あの白兎を、消して下さい。 そうすれば私はもう何も手出しはしません・・・・・・・・・・・・


ふわり、と甘い香りがした。その香りを帯びているかのように目の前を舞うのは無数の蝶。そのうちの2匹は異様に目を惹いた。
たった一瞬でもそれ・・が何なのかは見ればすぐに分かった。自分のたましいがそれを『同じだ』と叫ぶ。それの『持ち主』を知っていると叫ぶ。


「ーーーっ、それは…!」
「本能が呼んでいるでしょう、これは今まで私が殺してきた・・・・・候補者の蝶です」
「今までのこの争いにもあんたは参加してたって言うのか…!?」
「ええ、そうです、私はずっとこれが始まる度にある意味8人目としてその場に立っていた」
「…あんたはもう、正式な"候補者"じゃない!何の望みが…!」
「ーーーーだからさっき言ったでしょう、『王家を消し、白兎を消さない限り永遠に繰り返される』と」


ーー私の望みは『このくだらない物語』の終焉です。
そうヴァレンスは言った。その言葉ははっきりとした口調で、見据える瞳は冷たい。
白兎が好き勝手動かす依り代となった王家を消し、白兎を消し、すべてを消し去ること。それを願って何年、何十年経っただろうか。


「貴方が全てを知った上で私の代わりに"アリス"になってくれると言うならば今回の"蝶"を……あの『可哀想な双子』の"蝶"を差し出しましょう。望むのであれば他のものも差し出しても構いません。そして私が貴方の代わりに『他』を殺しても構いません。 ーーーーいい案件だと思うのですが」


先程までのあの冷ややかな瞳はどこへ消えたのだろうかと思う程に、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。その手を取るのがまるで当然だと言わんばかりに。断れば、なんて聞かなくても分かった。
少しの間を置いてクレスは口を開いた。


「ーーーー聞きたいことがある」
「何でしょうか、お答えできる範囲ならお答えしますよ」
「この王家の双子を殺したのは?」
「言わなくても分かっているでしょうに…、私ですよ、間違いなく」


あの少女はこの世界の真相を、"アリス"の選別の話を聞いてすぐに『そんなのおかしい』と言った。ただただ自分の欲求を満たす為に作られた『設定』が今の自分達を苦しめていた存在の正体ーーーそれは無くさなければならない。少女は自分が"アリス"になってその『設定』を消し去り、普通の双子として、嘗て幸福の象徴とされた双子として生きる事を強く望んだ。既にリタイアした弟の為に、と底知れぬ恐怖に心が侵される度に呟いていた。


「私は彼女に真相を告げた後に、彼女に協力しました。彼女の望みは私と似ていた。『設定』を消し去るには白兎を消すしかないと彼女も思っていたのでしょう。流石に自分の父親が白兎の傀儡だと言う事は伏せましたが……貴方達2人を先に始末するように手助けをしたのも私です」
「…………、あいつが…、アレルが魔導師の所に向かうのを唆した理由は」
「そう言う約束をしていた、と聞いていた・・・・・からです。まぁ予定通り『上手くいっていれば』彼からアルド=アレルと言う人物の記憶は消えてしまうのでその約束すら無意味だと最初は思っていましたよ。実際失敗し、彼女は改心までしたーーーー見事に期待外れな行動で、少々呆れましたね。そのままにしておくわけにも行かないので私が手を下したまでです。」
「っ、!」
「……そう怒らないでください、これはすべて必要なこと・・・・・。この世界が正しく回るためには多少の"犠牲"は付きものでしょう?」
「あの双子の兄妹があんたの掌の上で転がされた果てに殺されたのも、自分を拾って育てた『恩師』がこの日の為に手を差し伸べたんだと知った果てに半ば死ぬことを選んだアレルも、あんたにとっては『多少』の犠牲で済む話なのか」

ーーーーはい、と静かに答えた。全く悪びれている様子なんてない。彼自身にとっての『正しいこと』をどれだけ否定しようとも今後絶対に互いの意見が綺麗に交じることなど有り得ない。


答えなんて最初から決まっていた。
こんな質問をせずともはっきりと言える。
むしろ質問の答えを聞いたことにより、より一層強く、自分自身の意志は決して揺らがなかった。



「ーーーー俺は、あんたの取引には乗れない」







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