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次に目を覚ました時には、全く身に覚えのないただ無限に広がる森の拓けたところだった。ここにくる直前に、あの白兎が何か意味深な言葉を言っていたのを覚えてはいたが、そこから先の記憶は残念ながら残っていない。
特別身体に違和感があるわけでもなかったが、何故か計り知れない『違和感』のようなものを抱えたまま人の気配がするところを目指して歩き出した。それから間も無くその『違和感』の招待を知った。
この世界は『嘗て自分が生きていた世界』では無かったのだ。あれから何年経った世界なのか、何年巻き戻った世界なのかは分からない。辿りついた街の名前も全く同じでありながら全く違う作りで、全く違う雰囲気を醸し出している。人々の格好も、魔法の概念云々も、自分の知る情報とは何一つとして一致していなかった。だがまだそこまでは理解出来ていた。『アリス』を生み出すと言う仕組みを作り上げたあの白兎なら、時間を進めることも戻すことも可能だろうと仮定した。

とりあえず、誰かに聞こう。
道行く人の中から1人、目が合った露店の女性に声を掛けた。
ーーー今は何年の、何月何日ですか?
きっとその答えで仮定が確証に変わるだろうと心の中で思った。女性は少し不思議そうな顔をして、投げかけられた質問に答える。



『今はーーーーー』



おかしい、こんなのはおかしい。
全く身に覚えのないこの場所が、
私が嘗て生きていた場所・・・・・・・・・・・で、
同じ名前・・・・で、
同じ時代・・・・だなんて。
記憶にある情景と全く違うと言うのに、同じだと言う。この女性が嘘を付いているようには到底思えなかった。だがにわかには信じ難い。遥か昔に巻き戻ったわけでも、遥か未来に進んだ世界でもない。

同じ時代の『違う世界』。
"アリス"が生まれなかった度に『やり直された』、すこしずつ違いを取り入れた『同じ世界』。


「ーーーー今のこの世界も何度目か分からない『やり直された』世界です。前の世界と少しだけ違う『要素』を取り入れた、ね」
「違う『要素』を取り入れた、同じ世界…」
「はい、そうですよ。基本は同じですが…そうですね、要素として大きな例を挙げるのであればーーー」


『魔導師の果て』、『分家の行く末』、『魔女が存在する理由』。


「この3つは同じ世界線に同時に存在したことはない……、繰り返される度に追加された『要素』、私が生きていた世界線ではまだ『魔導師』の『要素』しかありませんでした」


追加した『要素』は取り消すことは出来ない。この世界は文書として残る程の大きな影響力を持った『要素』が重なるに重なって、『今』を作り上げていた。妙に辻褄が合わないような気がするのもきっとその影響もあるのだろうか。

本当に息苦しい。頭が痛くなりそうだ。
このものの数十分で語られる真実の情報があまりにも大き過ぎるからだろうか。何か言おうとして、何度言葉が出てこなかっただろうか。
何度目か分からないため息が零れそうになる。


「ーーー、あんたは、そんな状態になって何年生きてる?」
「………本当に忘れてしまいました、この仕組みを理解してから間も無く自分の心臓が動いていないことを知り、結果的にどうでも良くなってしまったんですよ。少なからず私は3回の巻き戻しに巻き込まれています。このまま行けば4回目になってしまうかもしれませんが。恐らく嘗ては貴方方と同じ立ち位置であったが故に巻き戻った所で以前の記憶が消えないのでしょう」


全ての節理から外されてしまったのでしょうね、と、どこか寂しげに目を伏せながら言う。


「まぁこのまま"4回目"を起こさせやしませんが」


くくっ、と喉を鳴らして笑った。長い時間を生きて来させられたが故に知り得た事実はこれだけに留まらない。今話した内容なんてまだまだ序の口だと思う。足され足されていった要素が微妙にズレながらも1本の歴史になって今に至る。大きく分けて3つの『要素』が生まれた全ての根本ーーーーそれは『王家』だ。『魔導師』を追放したのも、『分家一族』をなかったことにしたのも、元を辿れば王家が関係してくる。
どれだけ巻き戻ったとしても、どの世界線に必ず姿を変えずに存在する王家。


「あの王家は、白兎の意思で動いている人形だ。王家そのものが…国王=白兎と言っても過言ではないでしょう。純粋に愉しんでいるんです、あの白兎は。こうであったら人はどう動くのか、自分の望む答えが返ってくるのか、白兎あれが存在しているうちはこの世界に生きる人間は全て駒でしかない。そのシナリオに合った登場人物のひとりにさせられる。王家を消して、白兎を消さない限り永遠に」


自分の本来の運命すら全う出来ないかもしれない。自分の過去すら改竄されているかもしれない。
自分の知らない間に誰かを忘れて、消されてしまっているかもしれない。
本当ならここ・・にいなくて済んだかもしれない。


「ーーーー貴方なら私の言っている意味が分かりますよね…?」
「……っ、!」


言われなくてもわかる。
クレスは静かに言葉を飲んで、唇を噛んだ。
誰かによって作られた『人生のシナリオ』を歩かされている。自分が分家一族ではない過去もそこから先の未来も、家族を亡くす事実も、初めて好きになった人を亡くす事実も、今騎士としてここにいる事実も、候補者として使命を全うしなければいけない事実も。全部今回の巻き戻しの自分の『シナリオ』でしかない。運命だなんて言えない。


『この世界に白兎が存在しているうち・・・・・・・・は、"この世界の人間"にあるべき自分自身の未来も過去もない。』


不意に思考が止まった。
駒だと呼ばれるのがこの世界の人間なのだとしたら、『彼女』はどうなる。
『彼女』はこの世界の人間ですらない、全く違う場所から連れてこられた謂わば『異分子』。


「ーーーなら……、なら真琴は!何のためにここに居る?どうして白兎は彼女を候補者として選んだ?『正しい運命を辿る』と言う節理から外された俺達とは彼女は違う、白兎の描くシナリオには関与出来ないはずなのに…!」


ヴァレンスはそれを待っていたかのように、笑みを浮かべて呟く。


「ーーーーそれがもう一つの要素、『魔女』に関係しています」
「魔女、に?」
「きっと貴方の知り得ている言葉の意味とは違うでしょう。本来のその名の役目は本人すら知らないんですから」






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