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まっすぐとこちらを見つめ、不敵な笑みを浮かべている彼の姿ヴァレンスに戸惑いを隠せなかった。時計の秒針が進む音がやけにうるさく感じる。

情報処理が、頭が追いつかない。
淡々と一気に告げられた『真実』と言う色々な情報が頭の中を行き交って息苦しくなる。
真っ先に言葉が出てこなくなった。
何を言えば良いのか、現時点で自分は何が分かっていなくて、何が分かっているのか。
どこからどこまでが『正しい』ものなのか。
何か言おうとして口を開きかける度に言葉は詰まってしまい、お互いになにも言わないまま無言の静寂が訪れる。


「………、理解が追いついてない、と言ったところですかね」


自らの状態を代弁するかのようにぼそりと呟かれる。困ったように小さく息を吐いてから、ヴァレンスは力任せにクレスの腕を引きソファーの方へと放り投げるように手を話した。その勢いに飲まれ抵抗する間もなく、ソファーの肘おきの部分に寄りかかり辛うじてそのまま倒れることを逃れている間にヴァレンスはテーブルを挟んで反対側のソファーに腰を下ろし、どうぞ、と反対側のソファーに向けて手のひらを差し出して見せる。相変わらずどこか薄っぺらい笑みを浮かべながら、だ。これからなにをする気なのか分からないが故に少しの間目線を泳がせていると困ったように溜息を吐き出す。


「何も仕掛けてなんていませんよ、安心して下さい。取引・・をするのに立ったまま話をするのもどうかと思っただけですから」


それとも組み敷かれたままのが良かったですか、とヴァレンスは悪戯めいた口調で付け足すように言う。そんなことされてたまるかとクレスは半ば渋々ヴァレンスと向かい合う形でソファーに腰を下ろした。ヴァレンスはゆっくりと長い足を組み替えて満を持したかのように口を開く。


「貴方には、『知る権利』がありますから。どうして自分が彼の人に拾われた・・・・のか、何の目的があったのか、そして私がどうしてここに居るのか、彼の人の残した全てを知る私が全てお話しましょう」

「それ以外も全て順を追って」

「『取引』はその後で大丈夫ですよ」



「ーーーーまずは、『始まり』の昔話から始めましょうか」



事の始まりは今よりもずっと、ずっと前の話。
ヴァレンスが嘗ての『世界』で身体に蝶を宿した"アリス"の候補者として『生きていた』時代。最早そんな時代がいつだったのかすらはっきりと分からない。この姿になって何年だろうか。それだけの長い時間を彼は生きてきていた。


自分がまだ16、7歳ぐらいの時だろうか。不意に、自分が『そう』である自覚を得た。自分に課せられた使命と果たせなかった際の運命を知った。不思議と恐怖はなかった。すんなりとなんの抵抗もなくそれを受け入れて、それにならなければいけないのだと言う強い使命感が身体を動かしていたのだろう。もし死んだらそれまでだろうとその点に関しても諦めがついていたと言うか、主観的に見ても客観的に見ても自分はどこか他の人とは違う立ち位置にいた。
特別苦しい生活をしていたわけでも無ければ、裕福な生活をしていたわけでもない。至って普通の家庭で生まれ育っていた。故にこれと言った望みも無かった。
そんな自分が候補として選ばれたのは何なのだろうかと思ったこともあったが、それに関しても然程興味が無かった。全てにおいて無関心、それが嘗ての自分を作っているものだった。

己の手で同じものを目指す仲間を殺し、蝶を奪い。奪った相手の記憶を視てもなんの感情も湧いて来ない。自分しか『その人』を覚えていないのだから誰かに話すこともない。その記憶がどれだけ壮絶であろうとも全く違う次元の、まるで誰かが書いた物語のように捉えていた。それを繰り返し、約束の6人目から奪い終えた後。


「ーーーー私は、全く知らない宮殿に居たのです」


見覚えのない建物の中に気付いた時には既にいた。一面真っ白の教会をイメージさせるような縦に長い空間。天井近くに並べ取り付けられたステンドグラスがチェス盤のような床に鮮やかな色を映し出している。そんな傍らに置かれた噴水には赤い薔薇の花弁が水面に浮かび、噴き出す水によってゆらゆらと揺れ動く。
『ここが最後の場所なのか』と思った矢先、どこからとも無く姿を現したのはふわふわした真っ白い髪に血を映したような赤い瞳を持つ少年ーーーー白うさぎだ。


『やぁ、初めましてと言うべきかな?君が今回の・・・アリスかい?』


白うさぎは目を細めながら下から覗き込むようにヴァレンスの顔に視線を向ける。そしてそのまま品定めするかのように目を上下に動かした後に囁くように呟く。


ーーーー"君の願いは?"


あの時の私・・・・・はこれと言った願いも無かった。だから素直にそのまま、何もないと答えたのです。今思えばもう少しマシな答えを出せたのかもしれませんが」


何もない、そう答えた後の白うさぎの表情は何一つ変わらなかった。ただただ目を細めて妖しく笑っていた。そして突然声を出して、腹を抱えてながら一頻り笑ったと思うと突然真剣な面持ちに変わる。 真剣、と言うよりは何かを見下して見ているような感じの方が正しいかもしれない。澄んだ赤い瞳にヴァレンスの姿が映る。


『あぁ、そうか。君はこうなのか。最初から何一つとして変わっていないんだ。残念だなぁ、期待していた答えが君から返ってくることは絶対にないだろうね』
『"期待していた答え"?』
『うん、そうだよ。期待していた答えを…僕の望む答えをくれる人が欲しいんだ。そのためだけに・・・・・・・このシステムを作ったのに、このままじゃいつまで経っても"アリス"が産まれない。ずっと独りぼっちのままだ』


『もういいや、飽きちゃった。今回のこの物語もおしまいだ。幕引きだよ。ーーーさようなら、"アリス"になれなかった旧主人公の君』


『あぁでも、少しだけ君と言う人間に興味があるんだ。この全てを知った君がどう変わるのか、それが見てみたい』


『だからひとつ、君に贈り物をあげよう』


『永遠に続く"主人公になれなかった君"の物語さ』




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