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また今日もいつもと変わらない日が訪れる。よく晴れた日だ。もちろん視えはしないけれど窓から射し込んでくる太陽光が暖かい。
廊下を慌ただしく走り回る子供の声が扉越しに聞こえてきた。視えない分、割と音には敏感な方だと思う。特にこれと言ってすることもない為、1日の大半は自分の部屋で過ごし呼ばれた時には部屋を出て何かしら手伝い、またあの物置部屋に足を運ぶ。その繰り返し…だと思っていた矢先。部屋の外がやけに騒がしい。騒がしいのはいつもの事だがそれとはまた別の意味で、だ。何事かと思って部屋を出てみるとこの建物で1番広いリビングにあたる部屋から聞き慣れない声がした。

黒く見える影から考えて多分、男が2人と女が1人。背格好と聞こえる声からして中年ぐらいの男、それよりも高い声だが男の声色を残したもうひとりと、小柄な少女がひとりの全部で3人。中に入った所でどんな姿をしているのか視えやしない為その傍らに姿を隠すように聞き耳を立てた。

暫く聞いていると、どうやらこの近辺で『人売り』を商売とする輩が出回っていて特に子供を狙っているから注意して欲しい、と言った所だった。
王都から離れるにつれて治安は悪くなって行くものでこの孤児院がある場所も正直な話治安が良い場所ではなかった。ましてや『人売り』ーーー俗に言う『奴隷商人』が蔓延る理由もそれが関係していた。子供を狙うのも下手に老人を売るよりかは先が長い方が高く売れると言うのが大きい。王都に属する治安部隊ーー騎士団の目が届かない所でそういった闇商売はよく行われているのも事実。こんな話をしているのもあり、おそらく今この部屋にいる見慣れない声の男を含めた3人は騎士団関係の人だろうと想像がついた。存在自体は聞いたことはあったが実際にそれらしきものを見たのは初めてだった。治安の悪いところこっちには目を向けないものだとばっかり思っていたから意外だったと言う気持ちもある。確かに常にここにいる大人と呼べる人が老婆ぐらいしかいないのであれば注意喚起をしに来るのも分からなくはない。


一通り話をし終えたのか立て続けに椅子を引く音がした。


「それじゃあ気を付けて。俺達はこれで失礼する」
「わざわざ遠い所からご苦労様です」
「いや、このくらいどうってことないさ。目の届かない所で誰かが傷付く世界は無くなる方がいい。それなら俺が身を粉にするぐらいの気持ちじゃないとな」
「貴方が筆頭騎士になってから随分治安は良くなったと人伝に聞いていますからねぇ…有難い限りですよ」


そんな話を老婆と男がしながらこちらへ近づいてくるのが分かった。咄嗟に隠れることも出来ず、開く扉が当たらない位置に身を置いた。男の視線がこちらに向いているのを何となく感じる。視えていないことを伝える必要性もない為、まるで視えているかのように黒い影となって視えるその姿に視線を向けた。多分あちら側からしてみれば『目が合っている』ような感じだろう。 先程は座っていた状態での判断だったのもあり、実際の目線は並行より2~30cm程上ぐらいだろうか。体格はそれなりに良いと思う。男の後を追うように歩くもう一人の男はその人ほど背丈は高くないが浮かぶ影は比較的細めで、歩く度にヒールの音が廊下を響いていた。そして残るもうひとりの少女は並行より少し下ぐらいに影が浮かぶ。かなり小柄だ。
通り過ぎていく影を目で追い、建物を出ていく音を聞いてから小声で呟いた。


「………今のが"騎士団"?」
「えぇ、そうよ。今の筆頭騎士のクロスビーに後ろを歩く空色の髪の方が筆頭騎士の右腕と呼ばれているエルネット、だったかしらねぇ」


老婆が順々に名前を挙げていく。名前も初めて聞いたがそれは仕方ないことだろう。今の今まで半ば存在しないと思っていたのも否定出来ない。


「私もあの方達を実際に見るのは3回目ぐらいだけれど…もう一人の女の子は初めて見た子ね。綺麗な栗色の髪の子…まだ12、3歳ぐらいでしょうに。新しい子が入ったのかしら…?」


ぼそぼそとそう呟きながら老婆はゆっくりと部屋に戻っていった。誰も居なくなって改めて『騎士団』と呼ばれる物は本当に実在しているんだなと驚いた気持ちも多少はあったが一生会う機会など訪れないと思っていた為、よかった、と思う気持ちも無きにしも非ずだった。まあもう会う機会なんてないだろうけれど。
少年は小さく息を吐き出して踵を返した。


一方その頃。
孤児院を出た騎士団一行ーーークロスビー達は王都への帰路に付いていた。3頭の馬が列を成してゆっくりと進む。普段は割と賑やかな方なのだが今日は静かだ。恐らく話題を振る確率が高いクロスビーがどこか浮かない顔をしている、と言うか、何か考え事をしているからだろう。それをエルネットも感じ取っているようで様子を伺っている。それから間も無く痺れを切らしてエルネットが口を開いた。


「ねぇちょっと!何をひとりで考え込んでるの?」
「ん?ああ、ちょっと気になることがあってな」
「『人売り』の事じゃなくて?」
「それも無くはないが……、話をし終えてあそこを出る時ひとりの少年がいただろ?」
「あの赤眼の子ね。あそこまで綺麗な赤眼の子は中々見かけないけど…赤眼それ以外のことかしら」
「まぁ、そんなところだな。その反応だとお前もちょっと感じ取ってるって感じか」


ちょっとね、と溜め息混じりでエルネットが呟く。あの少年が『そう』である確証はなかったが、『そう』なのではないかと言う雰囲気のようなものを感じ取ったのだろう。俗に言う長年の勘、だろうか。どうもそれが気掛かりならしくクロスビーは小声でうんうん唸りながら馬を歩かせている。


「気掛かりなら戻って直接聞いたらどう?唸ったところで解決しないと思うわよ」
「んーーー、聞いても良いんだが大分警戒されてる感じがするんだよなぁ…騎士団俺達がこっちまで何も起きてないのに直接出向くのは中々ないから仕方ないことだろうけど」
「まあいきなり『そう』なのか聞いてもすんなり答えてはくれないわね、普通は!」
「ーーーーよし!じゃあ代わりに頼むか!」


クロスビーは視線を後ろに向ける。一回り小さい馬に慣れた様子で乗っている少女に対してだった。黙って話を後ろから聞いていた少女だったがクロスビーの視線がこちらに向いた事により嫌な予感がした。何を言われるのか薄々察してはいたけれど。


「………、あたしに行け、と…?」
「さすがご名答!あの少年とお前なら歳も近い方だと思うし、俺が行くより多少は警戒しないハズだ」


嫌な予感は的中してしまうものだった。断っても諦めてはくれない性分の男だと言う事はよく分かっている。少女は諦めたように絵に書いたような溜め息を吐き出した。
誰かと話すことは好きだったし、行くことに対して別に嫌なわけではないけれど、気付いたらOKを出してしまうのは多分あの男の特権だろう。あの男の人に嫌われない付き合い方と言うか誰にでも好かれると言うか、とりあえずあの男クロスビーに頼まれたら断れないような仕組みに何故かなりつつある。恩を返す、では無いけれど例え完全には無理でも何かしらの結果を出そうと思うのだ。嫌々ではなく誰であろうと自らそうしようと思う。それはおおらかで人望厚く、別隔てなく接する彼の性格とその行動故の結果、要するに人徳だろうか。少女もまたその仕組みに入っているひとりだった。


「大丈夫大丈夫!まぁ、無理に聞き出す必要はないさ。『人売り』の件もあるし誰かしら居た方が安心出来るだろ?」
「『人売り』の件がついでみたいなんだけどー?」
「と、とにかく!何かあったらすぐ伝令を飛ばしてくれ。出来れば近くにもうひとりぐらい誰か配置する気ではいるが多少時間が掛かりそうだ」
「あーはいはい、じゃああたしは指示通り、あの孤児院にこれから戻ります。あたしも気にならなくはないし」


一同が一旦馬の足を止め、踵を返す少女を見送るように見つめる。


「…転ぶなよ!」
「分かってる!もう、あたしはもう子供じゃ…」
「12歳ならまだ俺からしてみれば充分子供だよ!」
「……なら『子供』にこんな仕事頼むか馬鹿ーー!!」


来た道を戻りながら後ろで見送る2人に叫ぶ。自らの発言に笑っているのが遠目に見えて少し腹立たしい気がしなくもないが。


「それは信頼してるから、な!色々と気をつけろよ!」





「ーーーーーリノ!」




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