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"アリス"のことはその関係者ーー候補者以外は知らない。
候補者が自らのいのちを手放した時その蝶の持ち主に関する記憶は候補者以外からは一切消えて最初から無かったこととして自動的に人の記憶が書き換えられること、最終的に最後の1人以外はその1人以外の記憶には残らない。
誰が誰のものを奪ったのかも候補者以外は知らない。
関係者以外にその話をすることは許されない。
自分がその対象であるかどうかが分かるタイミングは人それぞれ且つ突然。だが最初から分かっていたかのようにすんなりと何の前触れもなく知り、受け入れるものだった。
実際真琴以外の6人はいつから自分が『そう』なのか分かっていない。

基本的に『部外者』が立ち入り、干渉することは出来ない。


「何だ、とは何でしょう」
「あんたは『忘れていなければいけないこと』を覚えていて、"アリス"のことも、それを巡る争いのことも、『関係者以外は絶対に知られないこと』を全部知っているように見えるし聞こえる」
「……そうですね」
「なら尚更だ、あんたはそれをなんで知ってる?関係者以外にその情報を口出しすることは許されることじゃない、関係者以外口外する事を本能的に辞めて・・・・・・・る。きっとそれは俺以外も同じだ」
「………」
「だから幾らだって聞く。あんたが何者なのか、どこでそれを知ったのか、あんたのその願いの意味、わざわざ俺が彼の家の人間だと告げた理由。全部答えろ!」


嫌悪感のような物を抱いていたアメジスト色の瞳をまっすぐに見つめた。変わらず彼と言う人物が計り知れない事による恐怖は抜けてはいないが、それよりも問うた事に対する回答を求める気持ちの方が大きかった。

恐らくそれに関してを口にしたのは初めてだったと思う。関係者だからとは言ってそのルールに関して話す事は今まで1度も無かった。ふと考えてもいつからそれを自分が知っているのかはやはり分からない。気付いた時には『候補者』と呼ばれる人間だった。身体のどこかに目印のように小さく記された蝶の痣がその証だった。『自分は早かれ遅かれ、頂点アリスを巡る殺し合いに参加する日が来るんだ』と静かに悟り、納得した。

7人しか知らないはずの事をヴァレンスはどうやって知り得たのだろうか。
クレスが投げかけた問いに答えないままお互いの視線だけが行き交う。


「……貴方は何も知らないからですよ」
「..…?」
「何も知らないから、その程度・・・・の認識で済んでる。自分がどれだけ振り回されているのかも知らない」


何を、と言いかけたところで不意に自らの両手首を捕らえていた手の力が抜け、離された。捕まれていたところは薄らと赤く跡になっていて、固定されていたせいか凝っているような感覚が少しだけ残っている。突然の出来事に驚かないはずもなかったが、捕らえていた手は今度は拳銃を握っていて、銃口は真っ直ぐクレスを向いていた。余計な真似をすれば撃つ、と無言で訴えているように感じた。銃口を向けられている側は勿論無防備な状態な為下手に身動きは取れない。少ししてヴァレンスの口元が緩む。引き金の部分に指を掛けて拳銃をくるり、と一回転させ、グリップ部分をクレス側に、銃口を自らの胸に押し当てるように持った。もう片方の手でクレスの手を掴みグリップを握らせる。引き金に掛かっている指はヴァレンスのものだが傍から見ればクレスがヴァレンスに拳銃を突きつけているように見えるだろう。何をする気なのかと今更投げかけるよりも先にその引き金が引かれた。


「ーーーー?!」


静かな部屋に鳴り響く1発の銃声。
小さく飛び散った血が頬に着き、打たれた身体の真ん中には真紅の花が咲くかのようにじわじわと赤が侵食していった。
ヴァレンスの身体は前に蹌踉めき倒れる。その身体を片手で支えられるはずも無いのは明確で、ヴァレンスの手が離れた隙に握らされていた拳銃を自らも手放し、本棚に寄り掛かるようにして抱き留めた。

何故こんな事をしたのだろうと頭を回した。
自ら命を絶つような真似をした理由を頭が追いついていない中必死に考えた。が、そんな事を考える必要すら無いのだと訴えてくるような声が聞こえた。


「ーーーー私が死んだと思いましたか?」


喉を鳴らすような低い笑い声が鼓膜を揺らし、囁くような声。寄り掛かった身体が動く。閉じていた瞼はゆっくりと開き、口元と共に可笑しそうに弧を描いているようだった。

確かに撃った。発砲された感覚がまだ手に残っている。
グリップを握っていたのは兎も角、ヴァレンス自身の手でその引き金を引いた。身体の真ん中を撃ち抜いたのは見れば分かる。真ん中に咲いた消えない赤い花は未だに広がっているように思えた。『普通』なら起き上がることなどーー生きていることは出来ないと言うのに。


「なん、で、…?」
「こうした方が一番手っ取り早く理解して貰えると思いましてね、…貴方にこれを握らせる必要は無かったかもしれませんがそれはいいでしょう」


撃ち抜いた付近に手をあて傷口を探すかのように何度か撫でるように触る。その指先は言わずもがな血で染まっていった。その血の着いた指を静かに伸ばし、クレスの頬に被着した血痕に触れ、そこからゆっくりと首筋を伝わせてある一点で止まった。

首元に記された証、蝶の痣の元だ。


「私がどうして候補者ではないのにここまで詳しいのか、でしたね」
「………」


言葉を紡ぐ度に吐く息と円を描くように優しく痣に触れる指先が擽ったくて鳥肌が立つ。


「私が貴方同じ・・だったから、ですよ」
「同じ…?」
「そうです。私は嘗て貴方達と同じ立場・・・・に居ました。だから知っているんですよ、全部、仕組みも、決まりも、その先の真実も」
「!」
「私の口からはっきりそれを言わなくても、頭が回る貴方なら大体察しが付いていたのでしょう?」
「………、あんたも、"そう"…?」
「そう"だった"、が正しい表現ですね」


ある時突然、自分がその対象であると知り、使命を受け止め受け入れ、"約束"のために必死に生きて来た。白兎が語りかけた。"アリス"になったら願いを必ず叶えよう、と。期待に胸を踊らせていられるのも束の間、箱を開けて見れば自分と同じ境遇の6人にいのちを狙われ、狙う、バトルロワイヤル。やっとの思いでたどり着いた先で告げられた一言。


「ーーー『飽きちゃったから、この"物語"は終わりにしよう』、と、白兎はなんの悪びれもなく言い出しました。酷い話でしょう、好き勝手自分の好みで7人を選び争わせて勝手なタイミングで終わりを告げる」
「っ、そんな横暴なはずがないだろ!だって"アリス"は居なければならない存在…この国の最高位で頂点、帝都に君する者。必ず選ばれた7人の中から決まると言う決まりのはず、それを白兎の勝手な理由で…!」
「違わないから言ってるんです!」


被せ気味で吐き出された言葉には先程まで穏やかな口調で話していた雰囲気など欠片もなく、怒りが強く滲み出ているようだった。彼が声を荒らげてこんな風に話す姿を見た事はない。取り乱した自分を取り繕うように小さくため息を零す。



「ーーーー私は、嘗ての"物語"の登場人物のひとり」

「貴方達と同じく、この身に知らぬ間に蝶を宿した候補者のひとりです」

「白兎は頂点を得た者アリスになった者の願いを叶えると謳い、生きる為には他者を殺さなければいけないと言うまるで悲劇のようなシナリオを作り上げ、勝手なタイミングでそれを組み込んだ。それに関することを本能的に悟るのも全て白兎が書き足したから。本質に触れそうなところは全部無視して」

「選ばれたからには、と私は必死になった。願いもありました。そしてその場所まで上り詰めた。ところが実際は違いましたね。上り詰めて『飽きた』と言われて分かったんです、これは退屈しきった白兎が暇を潰す為には作り上げたシナリオとシステムで、『"アリス"を目指す7人がどんな行動を取るのか』を見たかっただけだと」

「"アリス"と言う存在は未だこの世には存在していない」

「"アリス"が居ると言われている"帝都"は言わば"死の世界"」


「7人の候補者が"アリス"を目指す、と言う運命の物語の実際の姿は白兎が適当に選んだ7人が"存在しないものアリス"を必死に目指し、自らの運命に翻弄され果てて死に行く姿を白兎が見て楽しむ為に作られていた、白兎の納得が行くまで何度も選び直されて続く滑稽な御伽話なんですよ」










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