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正直、自覚のような物はあった。
自分の父親が自分の名字にあたる部分を頑なに言わないのは『覚えていないから』ではなく『言えないから』なのではないかと。
この話を聞く今の今までは自分の中だけで納得していた。理由はどうであれどっちにしろ『分からない』ものだから、自分の本当の名字を知る事は無いと思っていた。ずっと『知らない』と言う事で通ると思っていた。故に自分が彼の家の人間だと言われてもしっくりくるような来ないような不思議な感覚が襲う。

『たまたま』その条件が揃っただけで、
ただ純粋に一般の『少し恵まれない所』で生まれただけかもしれない。
本当に父親が名字を忘れただけかもしれない。
でも実際は今告げられた事が真実なのかもしれない。

与えられた情報が余りにも多すぎてそれに対する頭の処理が追いつかずうまく言葉が出て来ない。呆然と戸惑いを顕にしているクレスに代わるようにヴァレンスがどこか満足気に僅かに目を細め笑い、口を開いた。


「ーーー信じられない、と言った顔をしていますね」
「…当たり前、だろ、そんな事いきなり言われて信じられるわけ…」
「ですがそれは揺るぎない『真実』ですから。その『名前』は確実に今の王政への脅威になる」


アメジスト色の瞳の奥が静かに揺れた。彼が何を企んでいるのか全く読めない。いつものあの微笑んだ姿と何一つ変わらない顔をしているのに、酷く恐ろしい。彼の思惑が計り知れない事への恐怖なのか、それともこれから先に起こりうる『結末』を予期しての事なのか。じわじわと侵食されつつあるそれのせいでやけに心臓が煩く身体の中で鳴り響く。自分が反射して映るのではないかと思うぐらいの澄んだアメジスト色の瞳に対して見てはいけない、と頭が警鐘を鳴らしているような感覚を覚える。そのを見ていたくなくて、そのに見られていると言う事が嫌で、顎先を捕らえていた指を振り払うように顔の向きごと少し横にずらした。が、そんな物はほんの僅かな抵抗でしか無く、再び片方の手で顎先を捕らえ正面の少し上を向かせた。そしてその僅かな抵抗も虚しく呆気なく視線の先にアメジストが映る。その濃い紫色は白銀に近い長い髪によく映えていた。


「!」
「…さて、ここからは『取引』です」
「…『取引』?」
「そうです、『取引』。実に簡単なものですから安心して下さい」
「この状態で安心しろ、なんてよく言えたモンだな」
「ごもっとも、ですね」


ふふ、と小さく声を上げて笑う。自らの両手を拘束する手の力を弱める気は更々ないらしく、少しでも何かしようと身動ぎをすればその細い手の何処に握力があったのだろうかと疑う程にぐっと押さえ込まれる。正直、傍から見たら全く力を入れているようには見えないのだが。


「貴方が素直に賛同して下されば・・・・・・・・い痛い様にはしませんよ。先程も言いましたが暴力は好みませんので」
「拒否すれば容赦ない、ってことか?」


遠まわしにそう言われているような気がして、嫌味ったらしくわざと口に出してみると、それはどうでしょう、とヴァレンスは変わらず穏やかな顔で答える。その表情は本当の素性を隠す為の仮面なのか、それとも素なのか分からない程に変わらないままだった。穏やかで、涼しげで、恐ろしい。
何を考えているのかが分からない、と言うのはまるで彼の為に作られたような言葉だと思った。淡々と紡がれる言葉に動揺を隠せる筈も無かったが、それを全く気にしているような素振りは無い。


「私は、この創られた・・・・世界の終焉終わりに協力して頂きたいのです」
「………は、?」
「"白兎"が自由気ままに自分の暇を潰すためだけに創ったこのシステムを終わりにする事が私の望みであり、あの人の望みでもありますから。今の貴方にならそれを頼む事も……」
「あんた何言って、…っ、!」


言いかけたところで不意に捕らえている手に力が篭もり、骨が軋むような感覚に顔を僅かに顰める。 言葉の途中で遮るように声を出したことが悪かったのか、必要最低限・・・・・の返答以外を言わせない気なのか、押し黙ったのを確認するとそのまま話を続ける。


「ーーー"アリス"と"蝶"、"願い事"、"7人の候補"」
「!」
「どれも聞き覚えがある単語でしょう、あぁ、あと"白兎"も。それに聞き覚えのある人達は本能的に悟ったかのように自らの使命と約束を思い出すんです。7つの蝶を集め、"アリス"になること。そしてーーー」


『ーーー"アリス"になったらどんな願いでも1つ叶う』


一言一句違わずに2人の声が揃う。ヴァレンスはどこか満足気な表情を浮かべ、一方のクレスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。浮かび上がるのは山ほどある疑問。クレスがそれを口にするよりも先に口を開いたのはヴァレンスの方だった。


「流石、よく分かっていますね。なら話は早い。私の望みは『それ』です、"使命"を乗り越えた先の"約束"の為に今までずっと長い時間を生きて来ましたから」
「..………」
「大分待たせてしまいましたが…やっと望みが叶うような気がして、正直浮き足立っているような感覚なんです。久々ですね、こんな感情を持つことも」


ヴァレンスはそう言ってどこか遠い所を、遠い昔を見ているように目を伏せた。穏やかな口調だがその声色は寂しげで、遠い昔の誰かに宛てたものなのか、目の前の人に向けた言葉なのか。囁くようなその声は静寂に溶け込むように消えていく。


「………あんたは、」
「?」
「 あんたは一体、何だ…?」













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