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目で追うことが精一杯な光景が広がる。

早い。早い。

エルネットはあのヒールでここまで動けるのかと驚くぐらいに軽やかにステップを踏み、ラスはラスで相手の動きを見切っては避けて踏み込む。1歩でもその空間に入り込めば自分の生命は多分ない。そう思った。そのぐらいにはお互いに譲らない交戦が続いている。魔法はほぼ使ってはいないのに動くことで出来た風や衝撃で落ちた葉がふわりと舞った。どちらか一方がほんの一瞬でも気を抜けばどちらかが死ぬ、そんな雰囲気しかその場にはなかった。張り詰めた緊張感のなか固唾を飲んで見守る。 どうしてこんなにも不安になるのか、 頭のどこかでずっと考えていた。こんな風に交戦している姿は彼らでなくとも見たことがあると言うのに妙な違和感が余計に不安にさせているのかもしれない。それから暫くして彼らが今使っている武器ーーーーーサーベルが両刃のもの、改正が行われる前のもの・・・・・・・・・・・だと言う事を思い出した・・・・・。 改正されたのはそう昔ではない、嘗て筆頭がヴァレンスじゃなかった頃の時代。まだクロスビーが筆頭で、その下にエルネットが居て、アレルが居て、クレスが居て。あともう一人。薄らぼんやりと浮かび上がってくる記憶に僅かに頭が痛んだ。

ふと、リノが考える事を辞める。

ーーーーどうして『私』は『嘗ての姿』を知っているのだろうか。
『私』がここに来たのはそうなった後、のはずなのに。それ以前のことをなんで覚えて、思い出せているのだろうか。まるでそれより前・・・・・から居たみたいに。


ーーーいつから?
ーーーいつから『私』は今の記憶で生きているの?

アレルとクレスあのふたりが特別部隊に入った時点ではまだ聖騎士の称号を得ていない時で、筆頭はクロスビーで、それから筆頭が変わって、称号を得て、エルネットが辞めて。
『そこまで』の記憶にはきっと間違いはない。何故か自信が持てた。けれど『私』はどのタイミングでその情報を得るだけの光景を見たのかまるで分からなかった。人から得た情報にしては余りにも鮮明で実際に見たにしては余りにも断片的で不鮮明。


心臓の脈打つ音が早まり身体の中に響く。それに合わせて頭の中も脈打った。


「ーーーーー"その答え"を俺が教えてやろうか?」


囁くような低い声にリノが身体を揺らす。すぐ隣には知らずのうちに距離を詰めてきたクロスビーの姿があり、笑っている。穏やかで優しいその笑顔に恐怖を僅かに抱いたが、彼は『私』の何を知っているのだろうか。


「何か、知ってる、の…?」
「あぁ勿論、全部知っているさ。お前がこう・・なっている理由も、記憶の中に残っている彼の本来の姿名前が思い出せないひとも」


聞いてはいけない気持ちと、この行き場のない気持ち悪さを治せるのならと言う好奇心に似た自身への救いの手を取りたい気持ちが鬩ぎ合い手が震える。


「お前の『それ』は全部都合がいいように作り替えられた嘘の記憶さ、継ぎ接ぎだらけの、少しでも何かを感じ取れば直ぐに綻びが生じる」
「 全部、嘘…?」
「ああ、この言い方だと最初から最後まで全部嘘だったみたいに聞こえるか。正しくは、『都合が悪いところだけを書き直して良いように繋ぎ合わせた』記憶だ。少なからずそれの半分は正しい」


どこからどこまでが本当の『私』の記憶で、どこからどこまでが『書き直された』『私』の記憶なんだろうか。 また、クロスビーが言う『名前が思い出せないひと』とは誰を指しているのだろうか。強いて言うのであれば、いや、ほぼ確信に近いのは嘗ての特別部隊のもう一人。どうしても出てこないひとり。今のそれが『作られたもの』なんだとしたら本来のそれと辻褄が合わないのはその部分以外には思い当たらない。名前も分からず顔すら覚えていないと言うのに酷く鼓動が早まった。それを愛おしくも感じて怖いとも思った。

そして再び、リノの動きが止まり、はっと何かを思い出したかのように顔を上げた。


「待って、さっき貴方は彼のことを『自分は直属の上司で一緒に戦っていた』と言ったわ。直属と言う事は貴方が自ら選んで作る特別部隊の事を指している。けど今のあたしの中では『彼』と『名前も思い出せない嘗てのもう1人』が結びつーーーー』


最後まで言い切る前に言葉が途切れる。項の下辺りに軽く衝撃を与えられると一瞬世界がふわりと舞うような感覚に襲われて一気に世界が暗くなった。まるで力の入らない小さな身体をクロスビーが抱き抱えるとどこか満足気な表情を浮かべる。上出来だ、と小さく呟き、視線を僅かにエルネットとラスに向けると特に声を掛けるでもなく身を翻した。


「ーーーー、っ、待て!」


それに気付いたラスが後を追おうと足の行先を変えようとするがエルネットからの攻撃は止まることを知らず、目を一瞬逸らせた隙に踏み込んだ一手をどうにか避けたものの頬に触れないギリギリの所を掠め切っ先が喉元にまっすぐ突き立てられた。お互いに息が上がって小刻みで短い呼吸の音が静まり返った空間に残る。エルネットの少しでも動けば容赦はしない、と言わんばかりの鋭い瞳がラスを映していた。


「………、手を引け、エルネット」
「この後に及んで何を言っているの、今貴方に刃を向けているのがあたしじゃ無ければ喋る事すら出来ないわ」


くん、と柄を握る手に力が篭り刃先が僅かに動く。その刃先は傷付けない程度にめり込んでいるように見え、何時でも刺し殺せるとまっすぐにこちらを見つめるその目が語っていた。確かにその通りのことなのだけれど。お互いの視線が行き交い暫くの沈黙の後ラスが静かに柄を握る力を弱め、するりと手の間を抜けては軽い音を立てて地面にサーベルが落ちる。


「………あんたが俺を憎んで…、俺があの人を殺したことを赦せなくて憎んでいても構わないしその腹癒せに俺を殺したって構わない。ただ今は、今だけはあの人を追うことを許して欲しい。事が済んだら好きにしてくれて構わない。何ならあの人を殺したこれで俺を殺せばいい」


ラスの視線は逸らされることなくエルネットに向けられる。はっきりと告げられた言葉には嘘をついている雰囲気など微塵もなくもし本当に『そうする』のであれば逃げも隠れもしないと訴えているようだった。少し長い前髪に隠れた綺麗な澄んだ深蒼の瞳に自分自身が反射して見えるような感覚。こんな姿・・・・になってまで彼は『何』を求めているのだろうか。


「ーーーーーだったら」
「??」


エルネットはサーベルを投げ捨てるように地面に落とし、ラスの両肩を掴んだ。


「ーーーーだったら貴方も答えなさい!あの日何があったのか、貴方は何を見て、あの結末を迎えたのか、特別部隊貴方以外全員の同行が許されなかったあの尋問で何を言われ、何を答えたのか!」


「全部……、全部答えて!」



「ラス、…………いえ、『カルラ』!」







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