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ーーーーー焦っている。
それは自分自身が一番よく分かっていた。軽率に打ち放った銃弾は遥か虚空を撃ち抜いて姿を消したがそれをあえて、まるで無防備な『彼』に向けなかったのは自分自身の中の『古い記憶』がそれを拒んだからだろう。
自らの手が、手に握った刀が、まだ生きている人を貫く感覚を覚えている。嫌と言うほどに。何年経っても決して消えない。罪悪感も疑問点も何もかもが消えないままだった。自らの手で葬った生命が何故今生きているのか、それよりもなぜ『あんなこと』になってしまったのか。それを今なら聴けるのだろうか。


「あー、怖い怖い、こりゃ1歩間違えたら本当に死んじまうぞ」


お互いに視線を交えたまま暫く無言の時間が続き、それを真っ先に打ち破ったのはクロスビーだった。首に手を当てて凝りを解すように軽く回して見せる。緊張感は言葉だけで、本人の表情からはまるで感じられない。
寧ろこの状況を楽しんでいるように見えた。


「思ってもいないこと言ってんなよ、クロスビー」
「あ、漸く認めた?俺がクロスビーだって」
「認めてない、断じて」
「そうかいそうかい、……えっと、ラスくんは頑固だもんなぁ、昔からさ」
「……馬鹿にしてんのか」


敵意のすれ違い、と言えばいいのだろうか。ピリピリと緊張感が張り詰めているのに、その緊張感を全く感じさせないクロスビーと、見るからに緊張感を、彼に対する明らかな敵意を滲み出して居るラス。それはラスから感じられる敵意がその対象には全く届いておらず一方通行で、寧ろ何か発言をする度にその敵意は増していく一方だ。


「………エルネット」


クロスビーがエルネットの名前を呼んだ。張り詰めた空気に感化されつつあったエルネットは思わずその声に肩を揺らし、声の先へ視線を向けた。
変わらず、穏やかに笑ってエルネットを見つめるクロスビーの姿が瞳に映った。名前を呼ぶ以外の言葉は発さないもののそれが『何か』を訴えているのは分かっていた。ここに来る前、エルネットの家で話したことを実行しろと、そう目で語る。エルネットは静かに息を吐き出し、ローブの下に隠し持っていたらしいサーベルに手をかける。

それは嘗てエルネットが現役時代に使っていたもの。
信じた人が居なくなった日から抜くことを辞めたもの。

ゆっくりと鞘から抜き出すと抜き出す動作とは打って変わって瞬時に間合いを詰める。振った刃はしっかりとラスに向かって伸びていてラスも同様に隠し持っていたサーベルを抜きその刃を防いだ。金属同士が強くぶつかる音が響いた。2人の持つサーベルはアレルやクレスのものとは少しデザインが違ったもので、もしかしたら彼らも以前はエルネットとラスと同じデザインの物を使っていたのかもしれないが少なからず今2人が握っているものの方が殺傷力は強そうに見えた。そう見えた理由は後々分かることになる。
お互い一向に譲らないまま数十秒が過ぎた。


「…..何のつもりだエルネット」
「悪いけど貴方と言えど邪魔をするようなら容赦は出来ない」


普段のエルネットの声とは打って変わった冷たく、静かな低い声。本気だ、とラスは勿論その声を聞いたリノも思った。お互いに一旦距離を開けてエルネットが先に身構える。

エルネットのその姿は嘗ての姿をーーー、嘗て騎士団にて共に戦っていた姿を思い出させた。クロスビーの右腕とも呼ばれた彼が脱退して数年、いくら剣を抜くことが無かったと言っても、このものの数分を思い出す限りその腕が衰えているような気はまるでしない。


「…………、リノ」
「な、に?」
「下がってろ、出来れば木の後ろに隠れるぐらいに」


何で、とは聞かなかった。聞けなかった。
こちらを見ずに告げられた言葉から充分と言う程に感じていた。

近くに居たら巻き込まずに戦う自信はない、と。


リノは静かに後ろに下がり、ラスは見向きすらしないものの音が遠のくを感じ取っていた。

それから更に数秒後、黒い髪と空色の髪がふわりと風に揺れた。





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