8


見失わないように少しでも早く足を動かす。
彼ら2人人目につかないような場所を選んで奥へ奥へ、草木を掻き分けてここから外へ出ようとしていると言うことは嫌でも分かる。一緒に居るのがただの一般人か何かならここまで気にもならないし、まず追いかけることなんてしない。他人のーーーーエルネットの交友関係になんて更々興味がないと言ってもいいだろう。
だが問題はそこにあった。追いかける、と言うことは興味がないでは済まされないことで、寧ろ逆にその人物の正体がなんなのか知らねばならないと思ったからだ。

はっきりと人影が見える。
これだけの距離になれば叫べば声も届くだろう。



「ーーーっ、待て!」



ラスの声にびくん、と肩を揺らしてエルネットとそのもう一人は走るのを止める。


「貴方、どこから…!?」
「俺が追ってたのも、気付かないなんて…随分余裕がないみたいだな、エルネット。」



軽く息を切らせながらラスは走っている最中に取り出したのであろう拳銃の銃口をまっすぐエルネットの方に向けた。
正しくは、『エルネットの隣の男』に向けられた物である。

「止めなさい、貴方…!」
「っ、なんであんたが…!あの時確かに」


「ーーーー"殺したはずなのに"ってか?」


ラスの言葉を遮って、恐ろしいぐらいに聞きなれた声がした。


エルネットが銃口の向いた先に腕を広げて立ちはだかるものの男はその肩を掴んで後ろに下がらせる。その男はゆっくりとローブのフードを下ろした。ローブで隠れていた顔がはっきりと見える。


目を疑うほどに記憶のままの顔が目の前にいた。



「……っ、あんたは誰だ」
「酷いなぁ〜、たった数年で俺のことを忘れるほど接点が無かったはずはないんだけどなぁ」
「なんであんたがここに居る?あんたはここに居ていい人間なはずがない」
「やれやれ、久々に会ったって言うのに酷い言われ様だ。少なからず俺はお前の直属の上司で一緒に仕事をしていた仲だったんだが…」



くくっと、喉を鳴らして笑う。向いた銃口には全く恐れていないようで、余裕の素振りを見せる。

身形は勿論のことだが笑い方も話し方も、勿論声も。その全てが彼の記憶の中にある『その人』と、エルネットが信頼し尊敬し愛していた『その人』と一致していた。



「まぁ俺はお前のことを覚えているけど、言った方が信じて貰えるか?」
「..……」
「………、俺はこの国の筆頭騎士、いや、元筆頭騎士の…」
「ーーーー"クロスビー・レグルス"」
「なんだ、ちゃんと覚えてるな」


あっけらかんと答えたその男ーーー"クロスビー・レグルス"。
それはその男が名乗った通りこの国の騎士団筆頭に在位し、国の住民や同騎士達からも信頼が厚かった男の名前。
エルネットにエルネットとしての在り方を教え、アレルを拾い、クレスを拾い、次々と居場所を無くしていた人に今の居場所を与えた男。
だが彼はもう『存在してはならないもの』だと彼を知る誰もが認識していた。



「そして、お前ーーーーー」
「ーーーーラス!!」


言葉を遮ったのはラスを追ってきたリノの声だった。息を切らしてラスに追いつく。追いついた途端に拳銃を握り、その銃口が相手側に向いているのに気付いたリノは拳銃を握っている腕を掴む。


「なにやってるの!?相手はエルネットと…」
「あぁ、お前も…ラスと一緒だったのか。久しぶりだなぁ、リノ」
「………え…!?」



名前を呼んだ先に視線を向ける。先程は遠目で、且つフードで顔が隠れていたが故に見えていなかった為認識できなかったその人物の顔が今ははっきりと見える。にこやかに笑みを浮かべながら嬉しそうに手を振る男にリノの表情も固まった。
彼女もまた『存在してはならないもの』だと認識していた人の1人であった。



「クロスビー…筆頭…?」
「そうだよ、数年見ないうちに綺麗になったな」
「え、なんで、貴方が、ここに居るの?」


ん〜、と唸りながら頭を掻く。どこから説明しようかと考えでもしているのだろうか。
その時間すら与えないと言わんばかりに再びラスの拳銃を握る腕に力が篭った。


「仮に、あんたが"クロスビー・レグルス"だったとする。そうだったとしても、なんでそうする必要があった?」
「それもまぁ、色々あって…」
「っ、そんな簡単なことで済まされる話じゃない!」



一発、銃声が響いた。
咄嗟にエルネットが男の前にまた立ちはだかった。だが放った一発は誰かを傷付けることもなく、遥か虚空を撃ち抜いて消えた。


「ーーーだってあの時確かに…」




"クロスビー・レグルス"と言う男は。




「ーーー俺がこの手で殺したんだから」
「ーーーお前のその手で殺されたんだ」



ラスの声に被せて、クロスビーと名乗った男は言い放つ。
1度死んで、蘇生したとでも言いたげに。





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