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「ーーーそれで、飛び出して来たと?」
「………」


断片的に今しがた起きたことを話すリノの話を聞いて、ラスは静かに問いかけると声は出さなかったもののリノは頷いた。

自分自身がなんなのか、自分が1番よくわからないとか細い声で付け足す。
知っているような気がするのに思い出せない。
思い出そうとする度に頭の中で思い出さなくていいんだよ・・・・・・・・・・・・と「誰か」が訴えている。考えない方が寧ろこんな不安に襲われずに済むのではないかと思うぐらいだ。考えないようにすればモヤモヤした何かが体の内側に渦を巻く行く1方で、逆のことをすればまた同じ様に内側に違う感情が渦巻く。
その話を振った時の"彼"の反応は明らかに何かを知っている様子だったのに「答え」に相当する返答は貰えず、更に そのモヤモヤした感情は増していった。
何も考えず闇雲に走り出した先に偶然にもラスがいて、その顔を見た途端知り得る顔だった・・・・・・・・からまた思わず不意に涙が零れたのだと更に付け足した。


「ーーーあと」
「……??」
「ピアノの音が、聞こえて、それの元を探してたみたいな感じで走ってた..」



偶然にも彼女もまた、彼の弾いたピアノの音に惹かれたのだと。その音に惹かれて店に立ち寄る客のように。その言葉を堺に長い沈黙が訪れて微風が木々の木の葉を揺らして音を立てた。
暫くしてラスは目を伏せたまま小さくため息を吐き出す。


「 ……無理に答えを見つけ出す必要は無いんじゃないのか」
「 ……でも、あたしは…!!」

どこかで期待していたんだろう。
彼が、ラスがクレスの行動を否定してくれると。
自分自身を探す「自分」を肯定してくれると。
その期待が虚しくも崩れ去り予想外の答えが返ってきた事に驚きつつ反論の意を唱えるべくリノは伏せた顔を上げた。
けれどその瞳に映ったラスの表情はまた、同じ様な笑み・・・・・・を浮かべていて、言葉の続きが出てこない。
ラスは静かにリノの頭に手を置き、そっとゆっくり撫でる。


「きっと、お前がもっと強くなったら・・・・・・・い望む"答え"をくれるんじゃないのかと思う。今はまだ、その時じゃないんだろ」
「………」


そんな表情をされたら。
そんな優しい手つきで触れられてしまったら。
返す言葉も、反論の意を唱えることすらも出来ない。
今しがた起きたこととまた同じ様なことが起きているんだと痛感するもののそれを覆す程の術を持ち合わせていない為押し黙ったリノの頭をラスはもう一度優しい手つきで撫でる。



「落ち着いたらあいつに謝って…」


あいつに。
真琴に謝って来いよ、と言うつもりだったんだろう。その言葉は中途半端な所で途切れた。触れていた手に僅かに動揺が走り強ばるような気配をリノは感じ取る。リノは視線をラスの方に向ける。
ラスの表情は酷く青ざめていて、今映っているものが信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。その視線の先に自らも視線をずらした。
そこには綺麗な空色の見慣れた髪を持った、傍から見たら女性のように見える人物と、 中年ぐらいのガタイの良い男の人だ。空色の髪をした人、それがエルネットであることはリノでもわかる。だがその隣の男性は遠目からでは誰なのかわからない。
もしかしたら知っている人なのかもしれないけれど。
1番の疑問点はなぜその姿を隠すように深いローブを被っているのだろうか。



「………な、んで」



押し出すような声が聞こえて、リノは再びラスに視線を戻す。



「…………なんで、あいつが…!?」



その言葉に動揺がはっきりと現れていた。ラス、と、リノが名前を呼ぼうと口を動かした瞬間にラスは隠れ逃げるように小走りにどこかへ向かう2人の後を追った。


1人残されてしまったリノは辺りを見回す。
まだ後ろ姿が見えるうちなら追いかけることも出来る。
けど謝りに行きたい気持ちもある。
2つの感情が板挟みになってどちらに向かうか頭を抱えた。


少しの時間を割いてリノは意を決して立ち上がり走り出す。
向かったのはラスが走って向かった方角だった。







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