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人混みを離れて拓けた公園のベンチに座る。ましてや抱き抱えられてここまで連れて来られたが故にここに来るまでの道中の人の視線が凄まじく、零れそうだった涙もしらない間に引っ込んでいた。ラスは近くにあった売店でミルクティーを買って、その紙コップをリノに渡した。それから少し沈黙が続いたけれどラスが切り出すように「何があった」と言葉を紡ぐ。その言葉を合図にしたかのようにリノの表情は再び暗くなるものの堅く閉ざした口を少しずつ開いた。
「……、変なのかな」
「……?」
「あたし、何か変、なのかな」
「は?」
投げかけられた言葉の意味が分からず首を傾げる。
「あたし、何か変なの、ここの所ずっとだけど、今日は特に」
"それ"は今朝見た夢が大きく関わっていた。昨日あの話を聞いてしまったが故に余計かもしれない。度々「
自分がそこに居るようなリアリティのある夢」を見る事はあった。けれど今までの
夢は実に断片的で繋ぎ合わせることも、そこに居るのが自分ではない全く違う赤の他人で都合よく作られた物語の主人公のように思えるようなものばかりであった。懐かしさを感じる事が無いわけではなかったがそこまで気に止めることは無かった。
だが今日の夢は。
実際に同じ様なことをクレスがやってみせたのである。部分的ではあったとしても確かに夢の中で撫でられたのは
自分で、
その時の自分はその行為に心臓が高鳴っていた。そしてそれと同時に懐かしさも感じる。確かに「これ」は
嘗て"誰か"にしてもらったことなのだと確信する。確信を得て結論として出てきた答えは「何か大切なことを忘れてしまっている」と言う事であった。真琴の手を咄嗟に叩いてしまった事に対しても後悔が募った。こんなもやもやした状態で謝りに行きたくはないと思ったリノは一体部屋に引きこもったものの体調が悪いと称して部屋に引きこもってしまった為真琴に見つからないように部屋を出て、クレスを探した。あれからまだそう時間は経っていない。どこかに出掛けたとしてもまだ間に合うだろうと廊下を駆け抜けた。城内を半分程見たところで柱に寄りかかりながら資料らしき紙の束を読んでいるクレスを見つけた。あまりにも真剣に読んでいるから一瞬声を掛けるのを躊躇ったが意を決して声を掛けた。
『どうした?』
『あの、その…』
上手く言葉が出て来ず、視線をあちらこちらに向けた。
『あの……、あたし…』
ーーーーー『何か大事な事を忘れてる?』
その一言に一瞬クレスの表情が固まったものの誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
『どうしたんだよ、急に』
『あたしね、ここのところずっと正夢みたいな、自分に起きたことみたいな夢を見るの。今迄のは断片的で自分のことじゃないみたいに思えたんだけど今日のは、クレスの話を聞いた後に見た夢は…!』
あまりにも現実味を帯びていたんだ、と。
そしてそれに似た事をした
貴方ならこれが何なのか知っているんではないかと。
『だから、
昔私を撫でたのは…!』
『っ、…リノ…!』
俯いた顔を上げて答えを問おうとした瞬間、遮るように呟かれた自分の名前。
その目に映る名前を呟いた
本人の表情は酷く苦しそうで、辛そうで。出来れば聞いて欲しくないと言わんばかりの顔であった。と言うことは、"何か"を知っているのは確かだと思うけれどそんな
表情をされてしまっては続く言葉も出てこない。けれど素直に下がる訳にも行かずにいた。
『……、
あの時だってそんな顔してた!」
『………』
あの時、とはいつを指しているのか。それすら言った本人は分かっていない。顔すら見えていなかった"誰か"がそんな表情を浮かべていたと言う実に曖昧なものしかなかった。それ以外に頼りになる情報はない。
『リノ』
『..……』
再び名前を呼ばれてリノは肩を揺らした。
『……、それを、俺には答えることは出来ない』
『な、んで…!?』
『知らないとも、知ってるとも言えない』
『………』
『ーーーーーーー』
最後の言葉を最後まで聞くことが出来ないままリノは気付いた時には走り出していた。
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