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その空間に、音が響く。 これでもかと言うくらいの広さの部屋は、入って正面は全面ガラス張りのような状態で暖かい日差しが差し込み電気をつけなくても充分明るい。
そんなガラス張りの壁の前に置かれていた1台のグランドピアノからは透き通った音が漏れていた。
別にピアノを習っていたとか、そんなことが出来るほど裕福な家ではなかった。ただ両親がーーーーまだ生きていた頃に好きで弾いていたそれを見様見真似で覚えた。だからその1曲しか、自分は弾けない。けどそれを弾く度にどこからかふらふらと姿を現す者がいた。それこそ最初の頃はまるで自分が気付いてないんだと思っているかのように物陰に隠れて聞いていたけれど、ある日「いつまで隠れてるんだよ」と聞いたのを堺に堂々と姿を見せては静かにそれを聞いていた。決して長くも、ましてや見様見真似で覚えたものだから上手いとも言えないだろう。けれどその人は、その少女は「貴方のピアノは凄く透き通った音をしていて好きだわ」と弾く度に言った。けれど"これ"ももう"終わり"にしなければならない。何事もなく、平和で、穏やかに流れていた時間を終わらせなければ。いつものようにピアノからすこし離れたソファーに座る少女の前に立った。「どうかしたの?」と首を傾げる少女に何か答えるわけでもなく、 その人は、その青年は少女に言い聞かせるように、自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


『ーーーーーーー、元気で。 』





ーーーー閉じた瞼の先が眩しい。その眩しさに唆されるように目を覚ました。一瞬で世界が明るく眩しくなる。随分と懐かしい夢を見たような気がする、と、すこしだけ鬱陶しげな表情を浮かべ、青年ーーーラスは体を起こした。手早く着替えを済ませて宿代としてその家の持ち主のオーナーにお金を渡してそのまま街に出た。雲すらない綺麗な澄んだ空故に街は活気に満ち溢れていて、幾つもの露店が今日の営業のための準備をしていた。こんな時間だと言うのに人は多い。
ふらりと立ち寄った喫茶店で朝食になりそうなものを少しだけ頼み、窓側にあいていた席へ座った。
朝早くから営業していて、且つそれなりに広さのあるこの店は大体どの時間帯に行っても店内は賑わいを見せているが、まだ今の時間帯はそれほどでもない。だが時間帯にあわせて店内で演目を執り行うパフォーマーも居るため店内には小さめのステージとピアノと、ある程度の機材が備え付けられてあった。この店のオーナーがかつて音楽をやっていたらしく、このまま使わずにいるのは勿体ないと言って参加自由形でこのステージを作ったらしい。

ぼうっと、外に視線を向けてるうちに頼んだ料理が運ばれてきた。
トレイに並んだ料理をテーブルの上に置いて、「いつもありがとう」的な事を言って去る、のが、いつものオーナーの流れだが、今日はそうじゃない。対面するように反対側の椅子に座るとため息をひとつ。
少なからず目の前でこんなことをされてしまっては、聞かないわけにも行かない。


「……. 、何かあったんです?」
「分かる?やっぱり」


目の前でそんな大きなため息つけばなんとなくは、
と言葉を続け、スープを口に運んだ。そんなラスの前でオーナーはぽつぽつと語り出す。


「なんかな、最近この辺りよりもっと遠い街とかで盗賊だったり貧困層だったり、諸々含めて騒ぎになってるだろ?それが離れてるこの辺りにも結構影響があってな…」


過去にこの街も何度か"それ"に巻き込まれている。
結果、この地域に観光やら何やらで来た時に巻き込まれてはたまったものではないと少しずつ訪れる人の数は減っていってしまったのだ。賑わっているのは確かだが、嘗てより商業をここで営んでいたオーナー含めた職人達はゆっくりとはいえ低下を辿る現在の状況を良くないと思っていた。
こんな話をお前にしちゃって申し訳ないなぁ、と話を聞きながら料理を食べ進めるラスに告げる。


「昔お前みたいな年頃の男子が、女の子と2人でふらふらっとここに立ち寄って、店にあるピアノを見るなり女の子の方が"弾いて!"って強請ったことがあってなぁ…。正直その男子が弾けるなんて思ってもみなかったんだ。でもそれが…」


オーナーは腕を組みながら目を瞑り、その時を思い出す。



「ほんとに、綺麗な音だったんだ。少なからず俺は感動した。その音につられるみたいに、店の前を通りかかった客がわんさか入ってきてそれこそ魔法みたいな感じだった」


もう2年近くその彼の姿は見ていないけれどもう一度あの音が聞きたいんだ、と言葉を続けた。その後僅かに両者沈黙が続き、よいしょ、と小さく掛け声を出しながらオーナーが立ち上がる。


「なんか変な話をして悪いな、ちょっと聞いて欲しかっただけだったんだ。何となくだけどお前なら静かに聞いてくれそうな気がして」
「いえ…」
「 じゃあゆっくりして……」


ゆっくりして行けよ、と言いかけた途端。ラスはスプーンをトレーの上に起き、追うように立ち上がる。


「??どうした?」
「……あれ、少し借ります」





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