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目が覚めた時、もう「彼」は居なかった。
人の器を依代として現れた"アルド=アレル"と言う青年はそのまま姿を見せる事はなく、曖昧な記憶ではあったものの、最期の彼の表情は笑って居たような気がする。真琴はクレスの腕に抱かれている形でそのまま眠り、朝を迎えた。もちろんそれはクレスも同じ事で、お互いに朝日が登ってからリノが起こしに来るまである意味爆睡だったのである。
"真琴に何するんだー!"と顔を赤くしながらリノがクレスに飛びかかって、クレスは僅かに顔を顰めたもののそれは悪い意味ではなく、むしろなにかすっきりしたような清々したような、そんな雰囲気を醸し出していた。
真琴はクレスに"ありがとう"と色々な意味を含めて告げると、クレスは小さく笑って"こっちこそ"と返し、椅子にかけて合ったジャケットを手早く羽織って真琴とリノの頭をぽんぽん、と撫でるように叩きながら部屋を出て行った。
ぱたん、と扉の閉まる音がした後真琴は一定のリズムで動く秒針の音を聞きながらリノに視線を向けた。
さっきまでと打って変わって、リノの表情は暗いように思えた。なにかを思い悩んでるのか、体調でも悪いのか。リノは困ったように眉を寄せて、目を伏せて、クレスが触れた部分を自らの手でさする。そこまでしたところで我に返ったらしく自分の事をじっと見つめていた真琴に対して慌てて取り繕うような言葉を並べた。

「えーっと、ごめんね!ぼーっとしてて」
「私は気にしてないけど…」


真琴は首を傾げて、リノに問う。


「けど、リノ、顔赤い、よ?」


真琴のその言葉のせいなのかは分からないけれど、ほんのりと赤かったリノの顔はその言葉を合図にしたかのように更に赤みを増して、恥ずかしいと言わんばかりに顔を手のひらで覆い隠し、その場に屈んだ。
真琴はなにかまずいことを言ってしまったんじゃないかと言う不安が胸の中を渦巻く。恐る恐るリノに手を伸ばした。変な事を言ってしまった事を謝りたかったのもあり、その状態のリノはもしかしたら体調不良なんじゃないかとも思ったのもあった。とりあえず顔を上げてもらって謝って、熱を測ろう。
真琴の指先がリノの髪に触れた。

その瞬間、叩くような音が静かな部屋に鳴り響く。
音がしてから数秒後に真琴の手にじわじわと痛みが広がっていく。


「…、あ……」


やってしまった、と言った表情。
お互いに無言の時間が僅かに続いた後、リノは真琴にに背を向け扉の前へと向かった。


「……、リ…」
「ごめん、真琴、あたし、別にそんなつもりは無かったんだけど…」


ドアノブに手を掛けたまま、 言葉を紡いだ。表情は影って見えない。


「..…ちょっと体調良くないみたい、だから、あたし今日は部屋に居るね、ほんとごめん」
「私こそ急に触ってごめん、お大事に」
「…ありがと」

表情が伺えないままリノは部屋を飛び出した。静かに扉の閉まる音がすると、真琴は叩かれて赤くなったしまった手の甲を摩った。それは熱を僅かに持ちひりひりと痛む。"そう"させてしまった理由がわからない真琴は眉を顰め、それから間もなくして部屋を後にした。










一方自らの部屋に戻ったリノは部屋に入るなり音を立てて扉を締め、鍵を掛けた。 扉に寄りかかるようにしてずるずると屈み込む。


違う。違う。
こんなことしたかったんじゃない。
真琴は何も悪くない。
悪いのは自分だ、
酷いことをしたのは自分だ。
ちゃんと謝らなきゃ。
なのに何で"ここ"に独りで居るんだろう。


リノの中に色々な感情が渦を巻く。
それと同時に思い浮かぶのは今日見た"夢"。
断片的ではあったが、夢の中に、そこに居たのは確かに自分だった。
不鮮明でありながら"そこ"を、"その出来事" を体験し、知っているような気がしてならない。
リノは膝を抱えて誰にも届かない悲痛な声を上げる。



「っ、……誰なの、あたしに、こんなに…」




ーーーーーーこんなに、優しく触れてきたのは。



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