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あれから会話が続かない。しん、と静まり返った部屋には時計の針が進む、一定のリズムの音が響くぐらいに鳴っている。真琴は不意に扉の方に視線を向けた。頭を冷やしてくる、と、静かにそう告げて部屋を出たリノがまだ戻って来ない。少しだけ様子がおかしいようにも思えた為か余計に心配になる。そんな状態の真琴に気付いたクレスは静かに問いかけた。


「リノのこと、気になる?」
「少し。なんか、思いつめた表情してたから…」



自分とは違って感情が割とすぐ表情に出るリノだからこそ気付きやすい点であった。今まで見たことがないような、何かを思い悩んでいる表情。うまく言葉にし難いものであるが故にその説明もままならない。


「大丈夫だろ、リノは。あれだけの事を聞かされればあんな感じになるのも無理はないし」
「………」


逆を返せば"普通"はあんな感じになると言っているようにも感じた。この話を聞いて真琴自身は深く思い詰めると言うよりも、頭が理解出来ていない所為か、率直な感想を言うと"驚いた"としか言えなかった。悲しいとか、辛いとかよりも「彼」が抱えていた過去に、自分が知らない種族の生き様に、ありとあらゆることに対して思い当たる感情。そうとしか感じないのは自分が「普通」ではないからなのだろうか。
声には出さないものの、真琴がそんな事を考えていたのを汲み取ったのか再び口を開いて訂正する」


「あー、"普通"と言うか、寧ろリノが"普通"じゃない事だから。リノにとっては特に思い当たる節・・・・・・があるからな」
「……???」
「"それ"に関してはもう少ししてから話すよ、今はこれだけしか言えない」
「……、わかった」


話してくれる日を待ってる、と小さく頷きながら返す。そしてまた再び沈黙が訪れた。より一層時計の秒針が進む音が大きく感じた。それから5分ぐらい経った頃だろうか。意を決したかのように、深呼吸のような、ため息のような。クレスは静かに息を吐き出す。


「真琴」
「なに?」
「…………もう一回、アレルに会いたいと、思う?」
「……え…??」


はっ、となって真琴はクレスを見つめる。その表情は至って真剣で嘘を付いているようにま全くと言っていい程見えなかった。死んでしまった、ーーーー人の記憶からも消えてしまった人物とどうやって"会わせる"気なのだろう。最期に何も言えないまま終わってしまった為に会いたい気持ちがある反面、会った所でなにを話すべきなのか分からない不安もあった。残念だった、とも言えばいいのだろうか。それとも大変だったんだね、と慰めのような事を言えばいいのだろうか。ぐるぐると頭の中をいろんな言葉が駆け巡る。
それがどうやら顔に出てしまっていた様で、クレスが小さく笑いながら真琴の片手をぎゅっと握った。



「大丈夫だって、そんな思い悩まなくても。ただ純粋に、俺しか知らないのは俺自身が嫌だからな、って思っただけだから」
「………私、アレルに会っても、何て言えばいいのか…」
「だから心配すんなって、今ならどうにかできるだろうから、ーーーー少しだけ、目、閉じてろ」


言われるがままに真琴は目を閉じた。一瞬だけ瞼の奥が光を発したかのように真っ白になる。



「ーーーーもう、開けていいよ」



その声を合図に真琴はゆっくりと目を開けた。
開けたと同時に映り込んだその姿に思わず言葉を詰まらせる。
そこには確かに、"彼"が居たのだ。記憶にある通りの"彼"が。
死んでしまった、蝶を失い人の記憶から消えてしまった、"なかったこと"になってしまった『アルド=アレル』と言う1人の男性が。

"アレル"は真琴を見て困ったように笑う。


「久しぶり、って言うのも変かな?」
「ほんとに、アレル、なの…?」



ちょっと立って貰っていい?、と、 真琴の手を取り立ち上がらせると、ぐっと手を引いて抱き寄せる。


「っ、え?あの…どうし…」
「見て」


"アレル"が自分のすぐ近くにある姿見の鏡を指す。真琴はそれに視線を向けるとそこにはまた驚くような姿が映し出されていた。
目の前にいる、自分を抱き寄せて自分の目には"アレル"として見えているその姿が、鏡の中では"クレス"が自分を抱き寄せているように映し出されている。目の前で起きていることと、鏡に写った姿との差に真琴は頭にたくさんのクエスチョンマークを浮かべていた。



「えっと、要するにクレスが鏡と光の反射を利用して自分の姿に"僕"を写し当ててる、って言えば分かりやすいかな…?」
「実際はクレスだけど、私にはアレルに見えてるから、見間違いではない、ってこと…?」
「そう。模写と言うか、コピーと言うか。なるべくコピーの対象が目の前にいた方が同じ様に出来るんだけど、記憶だけでもどうにか出来なくはないから。場合によっては動物に見せたりも出来るんだよ」


なんとなく、理解できたような、出来ていないような。
8割程度は理解出来ているものの、まだ何個か気になる事はあった。


「ごめんね、少ししか時間が無いから…、真琴、少しだけ、話をしてもいいかな…?」











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