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小さかった罅は全体に広がり、家の周りに貼られていた結界は遂には崩れ落ち、細かいガラスの様にキラキラと光を帯びて散った。散りゆく欠片の中をゆっくりと歩を進めると家の中にはヘルムとアレルの姿2人しか残っていない。シェリーは居なかった。
初めて"魔導師"としての術を使ったヘルムは酷く体力を消耗し立ち上がるのもやっとの状態である。ましてやその手にあの日から付けられた腕輪がさらに身体を苦しめる。そのすぐそばでアレルがヘルムの盾になる様に片膝を付いていた。

エミハルトはまじまじと2人を見つめた。
実によく似た2人だなぁ、と思うのと同時に"これから"が楽しみだ、と言う感情が湧き上がる。ヘルムの前に居る、自らの父を庇うようにしている"この人物"こそが自身の求める"最高の器"であると既に確信していた。今まで幾つもの器を入れ替えて君臨していた彼であったが高すぎた"理想"故に長く"器"が保つ事は少なかった。少なかった、と言うよりは耐え切れないものの方が多かったのだ。他とは違う"種族"である為に完全な魔導師だけの純粋な血ではない身体は"種族"の力の影響を必要以上に受けていた。今のエミハルトの器もそうである。魔導師と、ただの一般の女との間に出来た子供。その前も、その前も。回数を繰り返す度に薄くなっていく種族の血とは裏腹に力を使った影響は減らないと言う悪循環を繰り返していたが"今回"は違う。今回と言うより次回、しかもそう長くない時間で理想の器を手にする事が出来るのだと。
魔導師と、魔女と呼ばれた存在の2つの血、"特別マナとの相性が高い2つの血"が通うこの器であれば今以上に『楽しめるだろう』と。



エミハルトは湧き上がる感情に小さく喉を鳴らして笑った。そしてアレルの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせると、もう片方の手で顎先を捉える。整った綺麗な面立ちを近くで見るとやはりよく似ていた。エミハルトを見つめる反抗的な瞳すらも同じ。


「ーーーあんたが、"エミハルト"、魔導師の当主…?」
「あぁ、そうだ。はじめまして、とも言うべきか?その目を見る限りこいつから私に対しての話を聞いて酷く侮蔑していると見えるな」

掴まれた腕を振りほどこうとするもびくともしない。細く長い指を静かに撫でるように動かした。エミハルトが何かを言おうとしたのか、口を開いたのと同時にヘルムの声がそれを阻止する。


「っ、"それ"には手を出すな…!」
「ーーー何を焦っている、"これ"は"まだ"だろう?」
「っ、わ…!」


可能であるならば今が良かったがな、と付け足すように言葉を吐くと後ろに控えていた人達にアレルを軽々と放り出す。エミハルトが手を離したのと同時に無数の手が伸び押え付ける。決して大きくはない、まだ子供の身体では大の大人の押え付ける力に適うはずも無かった。必死にもがくアレルを余所にエミハルトはヘルムへと距離を縮める。ヘルムは逃げるでもなく、正しくは逃げる力すらもなく、短い呼吸を繰り返して項垂れる。エミハルトの手ががヘルムの顎先を捉えて視線を合わせた。



「ーーーー何か言い残す事はあるか?」
「…………」



特に何も言わず、エミハルトを、エミハルトすらも見ていないような、ただ一点を見つめていた。少しずつ地面に刻まれ始めた魔法陣の光が仄かに頬を照らす。風に髪が揺れた。



「ーーーーーアレル」




「最後まで、父親らしくない父親でごめん」




「お前はーーーーー」



「"運命に負けてはだめだ"」




目を開ける事すら敵わないような強い光が彼らを包んだ。
そしてそれがアレルが見た、最後の"父親として"のヘルムの姿だった。


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