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何もない只の1日だと思っていたある日。空は綺麗な青に澄み渡り時々吹く風が心地よかった。今日はいつもと比べると辺りは静かであったが、それを"違和感"と感じる事はなかった。
この地域はイーリウムに近い地域故に国からの支援も殆ど無かった場所だったが、週一度だけ旅商人がこの地域を通り、その時に必要な物は調達していた。今日もシェリーはその商人の元へと買い物へ出ていたのである。

家にはヘルムとアレルが2人。今なら聞きたかった事を聞けるかもしれない、と、アレルは言葉を紡いだ。


「父さん?」
「?」
「この間教えて貰った"自分自身を守る術"の事だけど、それって一体何の為に…?"それ"を使ったとして、僕はどうしたらいいの?」
「ーー叶うなら使わないでいて欲しいんだけれど、確実に使わないとは言いきれないんだ。細かいことを教える事が出来なくて申し訳ないと思ってるよ」
「っ、それってもしかして………」


誰の所為で使う・・・・・・といいかけた所で家の扉が音を立てて空いた。扉の前には息を切らせながら青ざめた表情を浮かべるシェリーの姿。その姿を見ただけで何か良からぬ事が起きているんだと言う事を瞬時に悟った。ヘルムは小走りでシェリーに近付くと片膝を付いて顔を覗き見た。



「シェリー、どうかしたの?こんなに焦って…」
「‥…じ、同じ、なの」
「??」
あの時と同じ様な姿の人・・・・・・・・・・・が直ぐそこまで追いかけて来ているの…!」


ヘルムはその言葉で全てを悟った。来なければいいのにと願った"その時"は来てしまったのだ。ヘルムは恐怖で震えたシェリーの両肩を掴むと自分の後ろ側、家の中側に押しやった。静かに立ち上がるのと同時に手首に付いていた金属製の腕輪が小さく音を立て、外に出ると辺りをを睨んだ。



「隠れてないで出て来たらどうだ」
「ーーー久しぶり、と言った所か?」


生い茂った木々の間に向かって声をかけると、躊躇う様子もなくその人ーー"エミハルト"は姿を見せた。幼き日に見たその姿のまま何も変わっていない。見た目は変わらずとも身体自体にガタは来る。今ここで姿を見せたと言う事はきっとーーー。

「今度こそ"器"として僕を迎え入れるつもりか?」
「ご名答、よく分かっているじゃないか」


小さく喉を鳴らしながら笑うエミハルトは指を鳴らした。その音と同時に木々の間からシェリーを追いかけて来たのであろう印を持った人々が姿を見せる。その印の歪さも当然かのように人を使うエミハルトに対する思いも昔と何も変わっていない。使役された人々は一斉にヘルムに向かって飛び掛る。あと少しでヘルムに触れられるという所で砂塵が巻上がり近くにいた人を軽々と吹き飛ばした。
ヘルムの足元には緑色の魔法陣が浮かび上がり頬を緑の光が照らしていた。彼がエミハルトによって腕に付けられた腕輪は、"当時の姿"の彼に対して着けたものだった。常にとは無理でも一時的であればその枷を取る事が可能である。要するに今はその状態である。とは故一時的であることに変わりはない為早急に事を済ませなければ後はないのも分かりきっていた。そしてどこかで分かっていた事ではあったけれど、もう逃げることなど出来ないと言う事も。
自分たちにエミハルト達が近付かないようにと結界を貼る。これで暫くは近付く事すら出来ないだろう。その隙に、と、ヘルムは扉に隠れるようにしてこちらの様子を伺うシェリーの側へと駆け寄った。


「貴方、一体何なの…?」
「っ、………、ごめんね、ずっと、嘘を付いてた」
「貴方はやっぱり"そう"なの?」
「………ごめん」



申し訳なさそうに困ったようにヘルムは笑った。過去にかなりの恐怖の爪痕を残した人物の関係者であることが分かってしまったシェリーは、再び怯えたように震え、ヘルムから遠ざかろうとする。ヘルムは震えるシェリーのその手を力強く握って、まっすぐに、シェリーを見つめた。


「でも、僕は、君を騙して殺そうとか、そんな考えは一切なかった。少なからず、僕は"あれ"と血は同じ、種族は同じだけれど考えも意思も違う、それだけは信じてほしい」
「…………ヘルム、あの…」


言いかけた途端にドン、と突き上げるような揺れが襲う。遠目に見てもうっすらと罅の入った結界は長くは持たないだろう。揺れでテーブルから落ち、割れたグラスの欠片を掴んでぐっと自らの指を切る。切ったところからはじんわりと血が滲み溢れた。その血がついた指をシェリーの首筋になぞる。そして静かに啄むように唇を落とした。 そしてまた、困ったように、それよりも泣きそうな表情で静かに願うように"告げた"。


自らが逃げる術がないのであれば、それに関わる全ての物を。



「 ーーーーー君は、僕も、アレルも、"魔導師"の事は全て忘れて幸せに、生きて」



その言葉と同時に、シェリーの頬に一瞬だけ印が浮かび上がった。


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