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「ーーーーその時、ヘルムと一緒に逃げたその少女は、多分、リノなら聞いたことぐらいはあるだろうけど、"魔女"と呼ばれた偶然にもマナとの適応力が高い人間だったんだ」


クレスの言葉を聞いたリノは小さく肩を揺らした。小首を傾げる真琴に気付いたのか、リノはぽつりと言葉を紡ぎ出す。


「学院で教わったんだけど、何十年かに1人ぐらいの確率で"どんなことでも"魔法でできちゃうような、女の人が居たんだって…」
「その人の名称が尊敬と畏怖の念を込めて"魔女"って呼ばれてた、らしい」
「なるほど…、もしかして、それで、その魔女って呼ばれてた女性とヘルム…さんとの間に出来たのが…」
「ーーーーアレルだった、って事」


魔導師の末裔と、数十年に1人の確率で産まれる魔女の二人の間にが"アレル"と言う子供であった。ヘルムはその少女と町を飛び出した後に自分の事を魔導師の末裔である事は告げなかった。告げるべきだと思った事もあったが、告げた所で彼女の両親も、友達も取り戻す事は恐らく不可能であった。むしろ告げれば助けに行くとでも言い出しそうな気がしていた。魔導師とは告げす、自らを『人より少しだけマナとの適応力が高いだけで、たまたまあの町に商人として来ていたんだ』と伝えると、その少女は『私も似たような感じよ』と笑って答えたのである。その少女は綺麗な栗色の髪をサイドで緩く編み込んで、深い森のような深緑の瞳を持った人であった。


「そう言えば、貴女の名前を聞いていなかったね、何て言うの?」
「私はシェリー、さっきも言ったけど貴方と似たような感じで、人よりマナとの適応力が高いの。祖母に聞いた話だと数十年に1人の確率で産まれる"魔女"って呼ばれる存在らしいの。…って言ってもあんまり感覚がないのと、血筋は関係ないらしいから私じゃない"魔女"はどこにいるのかも分からないんだけどね」


少女、ーーーシェリーはそう言ってどこか寂しげな表情を浮かべていた。もう彼女には頼れる人がいないのだ。それが自分の身内の、"中身"は違えど自分の父親が招いた現在で、予想もしていなかった未来なのである。それも含めて更にシェリーを放っておく事は出来なかった。とりあえずここにいる訳にも行かない為森を抜けてどこか生活出来そうな場所に向かった。向かった場所は今で言うイーリウムの近く。誰も使っていない古民家を少しずつ綺麗にして一時的とは言えど人が住める程度へと変えていった。 シェリーが魔女と呼ばれてただけのことはあって、それからの生活も特に苦を感じる事はなく、ヘルム自身は片手に着いた腕輪の所為で特別魔法は使えないものの親族に頼らない生活をしてきていたのが役に立ちお互いに補い合って生活を続けた。それから何年、何十年と時が過ぎた。その長い間にエミハルトが彼らの前に姿を現す事は無かったものの、魔女と魔導師の間に産まれてしまった1人の子供は恐らくエミハルトにとっては"最高の器"である事は分かりきっていた。今日姿を見せなかったからとしても、明日、明後日は分からない。だからもしその時が来てしまったらと思うと恐怖が胸中を渦巻く。自身の感じる"幸せ"はいつ壊されてしまうのだろうと、考えない日は無かった。そう考えていたのがわかったのだろうか、まだ幼き二人の子供ーーーアレルは困ったような、悲しそうな顔をしてヘルムに問いかける。


「とうさん、だいじょうぶ?」
「っ、あぁ、ごめん。なんでもないよ?」
「すごく、こわいかおをしてた」
「ごめんごめん、本当になんでもないから」


優しい手つきでアレルの頭を撫でると、安心したのか僅かに表情が和らぐ。すると部屋の奥の方、キッチンの方から嬉々とした声が聞こえてきた。


「キッシュ焼けたよーー!早く来ないとぜーんぶ食べちゃうからねー!」
「あっ、なくなっちゃうって!はやくいこう?」


アレルは両手でヘルムの右手を掴むと、幼いながらも全力で引っ張ろうとする。掴まれた手を逆に包むように握り締めると、アレルは首を傾げた。


「……とうさん?」
「もう少し、もう少しだけお前が大きくなったら、"いつの日か訪れてしまうであろう未来"の為のお前自身を守る術を教えてあげるから」
「………みらい…?」
「まだ分からなくていいよ。ーーよし、行こうか! 早く行かないと全部食べられてしまいそうだからね!」
「っ、うん!いそごう!」

アレルは小走りにキッチンへと向かい、それを追うようにヘルムもキッチンへと歩を進めた。

どうかこの時間が永遠に続きますようにと、その守る術を使わずに済みますようにと、強く願った。




望まないながらも、予想が出来た"未来"は刻々と迫っていたのに。






















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