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耳障りな声が聞こえてきた。街の賑わいにも似ている騒がしさではあるが、それにしては妙に違和感がある。嬉しさ、楽しさを感じさせる騒がしさではなくて、寧ろ恐怖を感じるようなものであった。次第に瞼の裏が明るくなっていき、ぼんやりとした視界に天井が写り込んできた。木の板で出来た硬い床に長時間倒れていたらしく起き上がると背中が少し痛い。そしてまるで"それを見ていた"かのように頭の中にある情景が浮かんだ。その浮かんだ情景は正に今外で起きているのではないかと疑う程に余りにも鮮明で、嫌な予感が胸中を渦巻き、反射的に飛び上がると外へと走り出した。



「………っ!!」



広がったのは深紅の赤。深く深く暗い赤。煌々と燃え盛る炎の赤と噴き出した水のように広く広がった血の赤。あまりの世界にヘルムは言葉を失ったのと同時に思い浮かんだのは自分が最も嫌う"あの人"の存在であった。自分をここに連れてきたのには何かしらの意味がある、と、本能的に悟った。倒れた身体の傍らで泣く小さな子供や、子供を守るように腕に抱きながら共に倒れている姿。衣服に炎が燃え移り"気持ちの悪い"焦げた臭い。目の前に広がる全てが頭の中を"あの人"に対する憎しみで埋まっていく。
助けてあげられないもどかしさに心を痛めながらひたすらに走る。辿りついたのはその町の一番奥。"あの人"ーーー"エミハルト"はまるでこうなる事が予想出来ていた・・・・・・・・・・・・・・・・かのようにうっすらとした笑みを浮かべていた。ヘルムは怒りで震える手を握り締めてからエミハルトの胸ぐらを掴む。


「っ、なんで、なんでこんな事…!!」
「"なんで"と聞かれる意味が分からぬ、我々には"これ"が必要である事などお前も知っているはずであろう?まぁ、丁度いい人間・・・・・・は手下として働いて貰う事にしたのだが」
「それは"人を使役する"からだろ?人の使役さえしなければ"人の血"なんて必要ない、現に僕は"人の血"なんて…!」
「ーーーーこれから、はどうなると思っている?私が何の為にお前をここに連れてきたと?」


投げかけられた言葉の意味が一瞬分からず、首を傾げた。それから暫くして"エミハルト自身"の事が脳裏を過ぎった。彼は姿こそは自分の父親が身体を受け渡した日の姿のままであるが、その姿のまま何年過ぎたのだろう。"魔導師" という種族である以上他の人と比べればマナの許容量も変換量も多くそれ相応の"負荷"は少なからずついて纏う。 そこまで考えて辿りついた答えはーーーーー。


「ーーー"身体の移し替え"…!?」



ヘルムが呟いた小さな言葉にエミハルトは再び笑みを浮かべる。その笑みは実に不気味で、ぞわり、背筋を凍らせた。



「あぁ、そうだ、もうじきこの器・・・は使い物にならなくなる、そろそろ新しい器・・・・が必要でな…?」
「っ、誰が…、誰があんたの器になんか…!」



ヘルムは足元に青い魔法陣を描く。頬を僅かに青く照らしたのと同時に手首に着いていた金属製のブレスレットが一瞬光を発し、描いた魔法陣が弾けとんだのである。弾けとんだそれは光を帯びながらきらきらと宙を舞う。


「ーーーーー何度も言わせるな、お前を何の為に連れてきたと思っている?」


エミハルトが僅かに両サイドに視線を向けると、それを合図として受け取ったのかぞろぞろと片頬に印を刻んだ人々が姿を現す。記憶が正しければ彼らの顔に見覚えはない。恐らくつい先程こんな状態にされてしまった人々であろう。


「ーーーー捕らえよ」


静かに、冷酷に告げられた言葉に反応し、一斉にヘルムへと向かって走り出した。本能的に身体が逃げろと促す。先程魔法陣が弾けとんだと言う事は今自分は一切の魔法が使えない事を意味する。捕まってしまえばもう自分の意志など関係ない。
伸ばされた手を辛うじて避けると町の出口へ向かって走り出した。行く先行く先に印を持った人々が姿を見せ思うように前に進めない。大分大回りをしながら家と家の間を抜け出入り口付近へと近付いていく。もうすぐで出られると言う時に小さな馬小屋の柵に寄りかかって泣いている自分と同じぐらいの少女の姿が見えた。


「ーーーえっと、大丈夫、です、か?」
「っ、!」


その少女はヘルムを見るなり立ち上がり、震える手で ヘルムの両肩を掴んだ。


「これ、どう言う、事?私が、帰って来たら、こんな、状態…で…!?」


恐怖からの震えで声も途切れ途切れであるが、どうやらこの少女はエミハルトの手に掛かってはいないのだと言う事は分かった。だが今ここで彼女にこの状態の事を説明したらどうなる、と頭の中を過ぎった。今質問をした人物が町をこんな状態にした張本人の関係者であると分かってしまったらどうなるのだろうか。早かれ遅かれ距離を置いたエミハルトの手下達は自分を追ってくる。理由を話としてもそれは"今"じゃない。


「ーーーーここじゃ、まずい。っ、乗って!」
「えっ、ちょっと!?」
「早く!急がないと追いつかれる…!」


不幸中の幸いにも馬が一頭残っていた。その馬に急いで乗るように促すと、少女に続いてヘルムも馬に跨り、馬を走らせ、町を飛び出した。











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