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あの日からクレスの姿を見なくなった。
正確にはここに帰ってきてはいるものの、忙しなく働いている所為で帰って来ていないのではないかと思う程であった。アレルが死んだ事により魔導師と、それと関連していると見られていた”リング”による暴動は比較的終息を見せていた。唯一魔導師の血族であったアレルがいなくなったと言う事は”魔導師は残っていない”という事になり、落ち着きを取り戻すのは何と無く予想出来ていたのだろう。だが落ち着いてきたと言っても国王の暴動は止まる事を知らず、無理を強いる勤務に騎士団の隊員達は不満を更に募らせていた。

”人の記憶には残らない”と言うルールにより、聖騎士はクレス一人であったと人々の記憶は上書きされ、今まで二人でやっていたような仕事もクレス一人で背負う事になってしまっていた。今までとは違うな、と思う事はあっても”今まで出来ていたんだ”と言うすり替えにより手伝おうとする隊員も居なければ、手伝って欲しいともクレスは誰にも打ち明けなかった。

最近、といっても半月程前にクレスを見たのが最後であった。その時はアーネストの公の葬儀の時で全ての準備を引き受けるのと同時に、両親への通達もクレスが行っていた。姿が全く残らなかった為に安らかに眠る姿を見せる事が出来ず、純白の棺の中に収められたのはアーネスト本体ではなく、アーネストの礼服、隊服と部屋に残してあった昔使っていたサーベル。涙が枯れそうになるほどまでに泣く両親や同僚であったが、クレスが涙を流す姿は真琴が知る限りでは見ていない。

リノも比較的落ち着きを取り戻し始めてはいたものの、まだどこか落ち込んでいるような気がする。
心配させまいと空元気を見せているのだろうと周りにもわからせてしまう程であった。



「次、どこに行けば良いんだ…?」


今日も慌ただしい様子で小走りで廊下を通る。そんな素振りは見せないものの、顔には明らかに疲れが出ていた。休む間もなく仕事が回ってくる。弱音を吐いている暇すらも無い。


門へと向かう為に角を曲がろうとすると、視界に高く積み上げられた本が入り込む。ぶつかりかけた所を辛うじて避けるものの僅かによろめく。本の影から一本に束ねた銀色の髪が揺れる。


「すみません、前が見え辛くて…ーーーあぁ、クレスでしたか」
「ヴァレンス…、すごい本の量だな」
「貴方の報告書を読んだら、過去の事を色々調べ直そうと思ってしまって…」
「報告書…?」
「はい、先日頂いた…”魔導師”に関する報告書です」



その言葉を聞くなり、頭の中にアレルの記憶が僅かに浮かび上がる。彼は真っ先に、アレルが”脅威となる存在そのもの”ーーー”魔導師”では無いかと勘付いていた。調べるためのその手段は荒かったものの、それを決定付けてしまうだけの成果はあった。結果として、彼を失ってしまったのは彼が関わって居ると言うの僅かにはあった。

アレルが居た事は覚えていないだろうが、ただどうしても聞きたい事があった。
それはクレスがアレルの過去を全て知ってしまったが故の事だ。
クレスは静かにぼそり、と呟く。



「ーーーあんたは、”魔導師”が、全部”魔導師”が悪かったとは、思うか…?」
「難しい、質問ですが…。私は、彼ら”魔導師”が全て悪いとは思えなくなってしまいました」
「…?」
「確かに今回のこの”リング”の一件に関わり、王家に手を出し、国民を恐怖に曝したかもしれません。ですが…その理由が”王家との過去の関係”にあるのだとしたら、多少なりとも手荒い真似をするしかなかったのではないのでしょうか…」



ヴァレンスは僅かに哀しそうな目をして、目を伏せた。返す言葉も見当たらず沈黙が続いた。



「ーーー彼らを始末する方法を取ろうとしていましたが…我々のする事が全て”善”であるとは、限らないのかもしれませんね」
「そうだな…、ありがとう」


少しだけ、何かがすっきりしたような気がした。


「引き止めてごめんなさい、俺、今から仕事があるから失礼します」


ヴァレンスは小さく頷くと積み重ねた本を一時的に床に置くと、クレスの目元に指先が触れた。


「あまり、無理はしない方がいいと思います。目の下に隈が出来てますし…ずっと一人で出来ていたのは知っていますが…たまには誰かを頼るのも大事ですよ? 」
「大丈夫です、やらなきゃ、いけないので」
「まぁ、聞き入れてはくれませんね…クロスビー元筆頭から伺っている通りです。この安息が少しでも長く続けばいいのですが」
「……そうっすね」



クレスは小さく笑みを浮かべながらそう呟くと、軽くお辞儀をして踵を返した。ヴァレンスはその後ろ姿を見送ると、床に置いた本を一冊ずつ拾い上げる。

拾い上げながら、小さな声でぽつりと呟いた。



「ーー最悪の事態が…起こらないといいのですが…」


クレスは扉を開けて外に出ると、門の近くに見慣れた後ろ姿がある事に気付く。その姿をした人物は、髪を風に揺らして真っ直ぐにクレスを見つめていた。


「ーーーー真琴」
「クレス…」


面と向かって会うのはあの日以来だった。沈黙が続き、風の音が響く。先に口を開いたのは真琴であった。



「あの…、話が、したくて…」



恐る恐る告げられた言葉にクレスは目を伏せた。

自分も話がしたい。
あの時ただ小さな声だけで告げたたった一言の”真実”だけでは問いただされる事は免れないはずなのは分かっていた。
だが、その言葉が、上手く出ない。



「ーー、ごめん、まだ、忙しくて」
「………そっか」


目を合わせないで告げた言葉に、真琴は哀しそうに目を伏せると小さな声でそう呟く。音も立てずに歩き出すとクレスの横を通り過ぎる。


「ーーーー待て!」


無意識のうちに身体が動き、真琴の腕を掴んでいた。


「……?」
「ごめん、やっぱり話しておきたい」
「クレス…?」
「仕事が終わったらすぐ帰るから、部屋で待っていて欲しい」




「 ーーー俺が知る限りだけどアレルの、話がしたい」






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