5

腕の中から、消えた。
音を発するわけてもなく、
水が蒸発して水蒸気になるように、
静かに、消えた。

掌に残った僅かな光の粒子さえも、手を開けば空へと舞い上がり、消える。


クレスは膝から崩れ落ちた。
果てしない喪失感が彼を襲った。

まるでそんな彼を励ますように舞うのは、水色に光る蝶と消える瞬間に落ちた片耳だけのピアスであった。
クレスは腕を伸ばし、指先が蝶に触れると、クレスも淡い光に包まれる。
そしてその蝶はクレスの中に消えた。


頭が割れそうな程に記憶が流れ込む。


両親の事も、想い人の事も、
こんな行動に出た理由も、
すべてから目を逸らしてしまいたい道を彼は生きていた。


中途半端に記憶操作をして姿を消したのは、気付かれないなら気付かれないまま、終わらせられるかもしれないと思ったから。

自分を殺すようにクレスに命じたのも、己の手で命を止める力な無かったから。

真琴やリノに何も告げずにここに赴いたのは、きっと着いて行くと言い出すと思ったから。


そして、もし死ぬ事になったとしたらきっと自分も嫌だと思うし、泣かせたくなかったから。


アーネストが死ぬ姿を見た瞬間に恐怖を抱いた。
この道に入った時に死ぬ事なんて覚悟出来ていたハズだというのに、だ。
そして信じていた恩師の裏切りが、深く深く傷をつけ、結果的に最悪の事態を招く事になってしまった。



「ーーーっとに、ばかじゃねぇの…」


クレスの声は震えていた。
何もかも自分の勝手な予想で、物事を決めて
、命すらも投げ出した。



『ーー”最期を見届けるのがクレスでよかった”。』


(ーーー何が俺で良かった、だよ…最悪だよ、こっちは)



誰の記憶にも残らない。
知っているのは”アリス”の候補者だけ。
だからこそこの行動は罪にはならない。

だが一人しかなることの出来ない”アリス”は”殺し合い”と何ら変わらない。
残酷すぎる自分達の運命を、また改めて痛感した。


クレスは足元に転がっていたピアスを拾い、二本のサーベルを握った。一本は鞘に収め、もう一本は地面に突き立てる。コンクリートで出来た地面に刃は突き刺さりはしないもののまるで墓標のような影が出来る。持ち手部分の金色が太陽の光を浴びて煌めいた。


「ーーーー騎士団所属一聖騎士”アルド=アレル”、一騎士”アーネスト=ウェルス”、己の全知能を尽くし国に貢献した名高き二人の騎士を、”クレス=ヴィルザルナ”の名の元、その名誉を讃え歴史の一編に刻む」




「ーーーーどうか、安らかな眠りを」





涙が頬を伝った。



リードルフに戻る頃には既に日が傾いていた。急に怪しくなった雲行きの所為で、まだ陽のある時間帯だというのに薄暗い。ぽつぽつと、雫が落ちて来ていた。
馬を小屋に戻し、城に入る為の玄関まで思い足取りだった。
瞼が重く、何と無く腫れぼったいような気がした。


扉の少し手前には真琴が心配そうな目でクレスを見ていた。

リノの姿はない。



「おかえ、り…」



真琴の声は暗く、小さい。
きっと恐らく、何があったのかはリノが知っているハズで、聞いているハズだ。
”アリス”の候補者が消えた事は”真琴"を除いた全員が知る。
それは今回に関しても例外ではなかった。


「あの、クレス…」



真琴はクレスの後ろに少し視線を向けると直ぐに目を伏せた。
聞かなくても分かっている事なのに、
聞けば安心するのか、それとも今も部屋に篭って泣くリノの”勘違い”だったと言うことになって欲しいのか。


「アレル、は…?」


クレスは少しだけ目を見開くと、目を伏せた。俯き、顔が陰る。
無言のまま真琴の横を通る。その際に肩に手を軽く乗せ、小さな、今にも消えてしまいそうな声で告げた。



「ーーーーごめん」


その言葉で、全てを悟った。

真琴とリノが使用していた厨房には、ほぼ完成しかけた誕生日ケーキが出来ていた。

だがそれを受け取ってくれる予定だった人物は、姿を無くし、消えてしまったのである。



「ーーーアレルは、俺が殺したよ」



すれ違う際に左耳のピアスが、淡い水色に煌めいた。




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