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銃声が消えていくのと共に、アレルの身体が前によろめいた。クレスは拳銃を投げ捨てて正面から抱きとめる。

僅かに音を立てた呼吸が聞こえてくる。
ゆっくり深い呼吸であった。



「ーーーアレル…?」


名前を呼んだ。
すると腕がゆっくりと動きだし、クレスの背中に腕を回した。力は殆ど入ってはいない。



「ーーー…クレス…、ありがと、う」
「お礼言われるような事してねぇよ…」



アレルは弱々しい口調でそう告げた。
左手を真っ直ぐに伸ばし天に掲げる。その手はもう既に透け始め、天井の鉄骨が肌を通して透けて見えていた。



(もう、透けて来たんだ)



思っていたより早いな、と感じるのと同時に安心している自分がいた。
掲げた腕を下ろすと、再び背中に腕を回す。

撃ち抜いた場所は心臓ではなく、心臓から少し離れた右側の所であった。
そこを撃ち抜いた理由、それはーーー。



「甘い、ね…、僕を助けようと、でも、したの…?」
「可能性はまだあった、だから…」
「昔から、変わらないね…、いつか、後悔しても知らないから…」


アレルは目を伏せて笑った。昔にも、今ほどではないが似たような事があったのだ。その時も情けや同情などと言った感情ではなく、ただ純粋に”殺してしまう”よりも”生きて罪を償う”事を彼が選んでいた。アレルもそうはしていたが、クレスは特別そうであった。時と場合によって、その決断は自らを窮地に貶める可能性は否定できないが、今までそんなことは起きていない。そしてその行動を”やめろ”と止めた者は居なかった。

懐かしさに浸る反面、アレルの身体は淡い光が包んでおり、きらきらと小さな粒子が空に少しずつ舞った。



「ごめん…ね、君に、いろんな事、隠してて…」


自分が魔導師の血筋である事、マナの許容量に上限をつけていた事、そして何より、クレスの過去に血族が関わっていた事。

全てを話す事はないと、あってもずっと先の未来だろうと思っていた。
だがそれは最悪の時に、最悪のパターンで知られてしまった。



「僕は、君の過去に関わっていた…、直接ではないものの、君の姿を、見ていた…話を聞いた、時に、確証してたんだ…」
「………」
「やだな、黙らないでよ…、怒ってくれれば、いい、のに…」


アレルは小さく笑った。笑っていてもやはり覇気がなく、弱々しい。
アレルが隠していた事を知ったとき、正直ショックは受けていた。ただそれ以上に嘘をつかれていた事が、話して貰えなかった事が情けないと思った。そう簡単に話せるような内容ではないのは百も承知である。



「でも…、僕自身を偽って、みんなと同じ場所に居れて…、辛かった事もあった、けど…、 楽しかったよ…」
「そんな、もう終わりみたいな事言うなよ…!」


まるでその言葉一つ一つが遺言の様に聞こえてくる。現にアレルの身体は次第に質量を失って行き、小さな粒子は今もなお空へと舞っている。”アリス”の候補者としての”終わり”が刻々と迫っているのだ。


「もう、間に合わないんだ」
「………っ」


聞きたい事は山ほどあるのに、言葉が出てこない。何故このタイミングで全てを知ることになってしまったのだろうか。



「大丈夫、君の選んだ事は、間違って…いない…後悔も、して…ないよ」


ゆっくりと弱々しくクレスの背中を摩るのと同時にアレルは視線を下に向け、目を伏せた。呟いた言葉には何かが隠れているようにはっきりとした口ぶりでは無かった。それに気付いたクレスは後ろから軽く頭を小突く。



「嘘付いてんじゃねぇよ…、お前がそうやって目を逸らせて、俯くときは嘘付いてる時だからな…昔から、ずっと…」


お互いに顔は見えていないと言うのに、クレスはそう言った。その言葉にはっとなった。そして気付けば後悔はないと思っていた筈なのに後悔と悔しさが内側で渦を巻く。
思い残した事も、伝えられなかった言葉も、なにもない筈だと思っていた。
だが実際は違う。色々とやり残した事が、伝えたかった想いが、沢山沢山思い浮かぶ。

回した腕に力が篭り、手を握り締めた。
そして頬には涙が伝い、声が震える。



「なんだよ…、クレスには全部お見通しなわけ…?そうだ、そうだよ…、僕は、まだ…、終わりたくない、消えたくなんかない…!!」



なんで自分だったのだろうか。
自分じゃない誰かなら自分は普通に生きて居られたんじゃないのだろうか。
伝えられなかった想いも、伝える事が出来たのではないだろうか。

どれだけそれを願ってももうそれは叶わない。
消えていく自身の様子を目の当たりにして、自覚していた。



「僕はもう、生きて、いられないから…君に、僕の蝶を預けるよ…、クレスなら、きっと、大丈夫だから…」
「何が大丈夫、だよ…、意味わかんねぇ…」
「ごめん、何を言えばいいのかわからないけど…」


身体は殆ど透けて、今にも光の中に消えてしまいそうであった。


「僕の蝶を受け取ったら、僕の記憶が、流れると思う…、中には”知りたくない”…事も、あると思う…もし、知った事を後悔、する時があったら…僕を恨んでいいよ」


一際強い光がアレルを包んだ。
雪のように舞い上がる淡い光の粒子が終わりを告げる頃が間も無く訪れる。



「僕の最期を見るのが、クレスで良かった」



「真琴とリノには、あんな姿見せたくなかったからね」



「願わくば…、次生まれて来れたら…、何の肩書きも要らないから…普通に、生きたいなぁ…」



「Es tut mir leid, danke(ごめんね、ありがとう)」



最後に、一筋の涙を零した。



「ーーーーばいばい」












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