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ーーーそして再び、刃は交える。
”覚悟”を決めたのだろうか、クレスの顔は少し前と比べたら大分すっきりとしていた。その”覚悟”がどちらに向いたのかは分かっていない。



”クレス”が”エミハルト”に殺されるのか、
”アレル”が”クレス”に殺されるのか。



その結末は今の時点では誰にも分からないだろう。
再び始まった交戦は互角である。どちらかが繰り出せばそれを防ぎ、反撃をすればそれを防ぐ。

魔法に長けたエミハルトは自由に言うことの聞かない右手を庇うように、自身の周りに結界を貼り、簡単な攻撃魔法を繰り出していた。
一方クレスは魔法はエミハルトには劣っているものの、多少の傷を構う様子も見せずに防ぎ切れるだけの攻撃を結界で防ぎながら前へと進む。

”アレル”がクレスにかけた魔導師としての魔法は消えた訳ではない。だが今の彼にはその気配はなく、 ある一心で剣を振るっている所為かもしれないが、エミハルトの命令を聞く気配は無かった。


「命令は聞かぬようだが、私に一太刀も浴びせられぬのでは困るぞ?」
「ほんと、口の減らねえ奴だな…!!」


憎まれ口を叩くエミハルトに苦笑を零す。今に至るまでに負った傷は浅いものの少なくはなく、それにプラスして浅い傷を作っている。あまり数を負ってしまうのは致命傷になりかねない。
だが彼はそれを構う様子も見せず、ただひたすら前へと突き進んだ。
外した攻撃は地面を僅かに抉る。


「あと、一つ…!!」


小さな声でそう呟く。振り上げたサーベルの刃が結界に弾かれるとそのまま宙で一回転し、壁に足を着く。その反動を頼りに壁を蹴った。左手に小さく淡く白い光を発する魔法陣が浮かび上がるとそれを刃の側面に沿わせた。沿った部分から刃が淡い光を帯びて行く。
そしてその刃は、僅かに結界に罅を入れ、少し後ろの地面を抉って転がった。


エミハルトは結界に罅が入ったのが予想外だったのか、一瞬目を丸くさせた。小さな音を立てて結界は崩れる。
視線を少し前方に送ると、膝をついて肩を大きく動かしながら呼吸をするクレスがいた。脈拍に合わせて傷がひりひりと痛む。

よろめきながら立ち上がると、震えた手を伸ばす。そのままエミハルトのーーーアレルの手を取ると力を込めて抱き寄せた。


「っ、なにを…!?」
「ーーーーやっぱりさ、俺、無理だ」


突然の出来事に驚くエミハルトを他所に、静かにクレスは口を開いた。



「ーーこの役職に就いた時から、血に染まった道を歩かなきゃ行けない事だって分かってたし、仲間が死ぬ姿も見てきたハズなのに……」



何人も自分の前から消えていった。
それを悲しいとは思ったが、役職上仕方が無いことなんだと割り切っている面もあった。

今回に関しても同じ事であろう。
そうだと言うのに、今までとは違う何かが”消えていく”事を拒んだ。



「”アリス”の候補者は、死んだら何も残らない…生きていた証が、みんな消えるんだ…!ただそれだけじゃなく、俺に近かった、近くに居て深く関わったって理由だけで”消える”事を拒んだ」



存在が大きければ大きいほど、消えていった場合の傷も大きい。関わりの少ない人に対しては無かった感覚だろう。記憶の片隅にしか無い人と記憶の大半を占める人の時間と共に記憶から薄れて行く時間は一目瞭然だ。

たったそれだけの理由。
それが彼の迷いでもあった。



「ーーーそれならいっそ、俺が死んでもいいかなって…思った」


クレスはアレルの背中に回していた左手を下ろすと、アレルの大腿部に巻かれたベルトケースに触れる。そこに入っていた拳銃を手に取った。



「でも、それじゃだめだから」




抱き寄せた身体を引き剥がすと同時に小さな声で呟いた。




「ーーー”臨時結界、発動”…!」



その言葉を呟いたと同時に先ほど抉った部分が光を発する。真っ直ぐに伸びた線は点と点を結び、陣を描く。



「……な、に…!? 」



陣の中に残された”エミハルト”には、上からの重圧により思うように身動きが取れずにいた。



「相手が魔導に長けてるなら、魔導を封じる結界を人の手で貼る…、気付かれたら一発でお仕舞いだが、うまく行けば足留めになる。ここに入る前に習った事だからな、”アレル”なら覚えてるハズだけど」



ゆっくりと前に進む。そして銃口を真っ直ぐ前に向けた。銃口の先には、”エミハルト”ーーーー”アレル”が居た。



「こんな決断しなきゃいけないなら、”アリス”なんて、居なきゃいいのにな…」



自嘲気味に笑ながら震えた声で告げる。
そして引き金に指をかけた。





「ーーー俺は、アレルを殺して、正義を気取るよ」


頭の中には鮮明にあの話をしたあとの記憶が蘇る。


『お前がそう言っても、人を殺すのは”罪”だ、正義を背負わなきゃいけない俺達がそんな事ーーーーーー』



静かな空間に銃声が響き渡った。



『大丈夫、それが、”正しい事”だから…正義の出した答えになる。僕を殺したとしても罪になんてならないし、させないよ』





「ーーーーそれが、アレルとの約束だから」









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