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身体が重い。
立っている事すら”自分の意志ではないように”感じた。
クレスは近くに落ちていたサーベルを拾い上げると、アレルを静かに見つめた。

「ごめんね、こんな手を使わなければ君は”僕”を殺してはくれないだろう?」
「……」


アレルは静かに、低い声で呟いた。



「ーーーーー”僕を殺せ”」


一瞬電気が身体の中を走るような感覚に次いでジワジワと布に染みが広がるように、うっすらと”見慣れたもの”が浮かび上がってきた。



「……!? 」
「僕は今、”魔導師”の力を以って、君を”使う”。”僕”が表面から消えれば”エミハルト”が死ぬように命じるハズだよ」
「アレル…!」
「僕か、クレスか。どっちかが”生きる”以外に道はない」


アレルの発した言葉に、クレスの身体は素直に反応を見せた。サーベルを握る腕に力が入り今すぐにでも斬りかかりそうな状態な一方で、今までとは違い、本来の意志の強さが”魔導師”の力に抵抗しているのもあった。

その両方の意志に挟まれたクレスの呼吸は荒い。



「っ、ふざけんな、何が逆らえないだよ…!」
「抵抗するな!早く…早くしろ…!”僕”はもう時間が…!」



アレルの命令に反抗を見せていた差中、アレルの動きが止まる。途切れながらも苦痛の声を漏らすとゆらり、と立った。その時空気が一瞬で変わる。



「まさか”アレル”としての意識が戻ってくるとは…、 面白い事も起きるものだな」
「”エミハルト”…!」


その口調に”アレル”にあったような暖かさはなく、ただ当主として、魔導師として、生きてきた”エミハルト”が居た。エミハルトはクレスの頬に薄っすらと刻まれた印に視線を向けると、小さく笑った。



「なるほど、私に”身体”を使われるのが嫌で、お前を支配下に置いたが上手く行っていない…そう言う事だな?」


”アレル”が完全に消えたのだろうか、身体を動かそうとする”アレルの意志”は消え先ほどの苦しさは消えていた。それでもまだ印が消えていないのは”エミハルト”が動かしてはいるものの、”アレル”の身体が死を迎えてはいないからだ。


「魔導師の力に抵抗出来るのは中々珍しい、私の良い人形にしたいぐらいだが…私は”アリス”になるのだ。お前を殺し、他の者の蝶を奪えば良いのだろう?逆に好都合ではないか…」


そして再びまた同じような感覚がクレスを襲った。だが先ほどまでと圧倒的に違うのは、刃がどちら側に向いているかである。自分側か、”アレル”側か。


「私の手を汚す必要もないだろう?”自害しろ”と、お前に命ず」


サーベルを握った手がより一層強くなった。
自分の意志に反する手の動きに気持ち悪さは消えない。どうにかして意識を踏みとどめてはいるものの、立場が不利である事には変わりはなかった。少しでも気を抜けばこの刃は自分を貫く。


”アレル”を殺さなければ、クレスが死ぬ。
”アレル”を殺せば、クレスが生き、他の人に手を出すこともない。”エミハルト”の野望を阻止するだけではなく、脅威そのものを絶やす事が出来るのだ。天秤に掛けても間違いなく成さなければいけないことは後者である。

だがそれが。
”殺さなければならない人物”がよく知った仲間であるという理由だけで躊躇ってしまう。普通の仕事として斬る事に躊躇いはないのに、仕事ではない理由で、本人が望んでいるとは言え、 躊躇うことは甘いのだろうか。
今まで通りにすればいい。やるべき事を成して、血で汚れた道を進んできたのだ。

躊躇う必要も、迷う必要もない。

覚悟を決めなければいけない。
ただその覚悟を決める為の時間がーーーー。



「っ、誰が、お前の命令になんて従うかよ…」
「逆らわない方が良いと思うが?従順に従ってしまえば発動させない限り”人”として生きていられるのだぞ?」



目の前が揺れて、頭が痛んだ。
負けるなと自身に暗示をかけるように強く思う。
迷っている時間はもうない。



「俺は…、お前を……」











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