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「なに、言ってんだよ…」


クレスは頭では言葉の意味を理解してはいるものの、無意識の内にそう口に出していた。いつの日だかに彼が自分に向かって告げた”約束”を果たす日が今なのだと、分かっているつもりなのだが信じられるはずも無い。


「言葉通り、の、意味だよ…僕を、殺せって…」
「っ、そうじゃない!だから…!」


言葉が続かなかった。アレルは零れそうなぐらいに目に溜めていた涙は次第に零れ落ち、クレスのジャケットを握りしめた。


「だから、なんだよ…!それ以外に方法がないんだ!間も無く”僕”は”エミハルト”に乗っ取られて消える、そうなったら…」


”アルド=アレル”と言う人物としての意識は消えるが、その身体は別の人物が動かし自身の欲望のままになる。
それを止める手段として、”身体の機能を止める事”ーーー即ち”死ぬこと”を選んだのだ。”アレル”としての意識がある事自体が不思議なぐらいではあるが、クレスの必死の呼びかけのおかげなのだろう。奇跡的に表面に出てくる事が出来ていた。そうだとしても、頬の印が消えていない以上一時的なものである事はクレスも薄々勘付いていた。


「”エミハルト”は”僕”が”アリス”の候補者だと言う事を知ってしまった、君も同じだと言う事も…”僕”が消えれば真っ先に君を殺すだろう、”アリス”になる為に」
「……」


アレルは顔を伏せ、更に強くジャケットを握り締めた。



「”僕”は君を殺したくないし、それに…”僕”の身体で”好きになった人”を殺められるのが一番嫌だ…!」



自身が血に染まった道を歩んでいる事は、騎士団に入団を決めた時から覚悟は出来ていた。今まで何度も握ったサーベルを振り、魔法を駆使し、”正義”を貫いた。それはアレルだけでもなく、クレスだけでもない。”正義”を気取った”悪”の手。それは既に汚れてしまっている。表向きは”善”だが実際その立場は”悪”だと言われてもおかしくはない。

その汚れた手で”仲間”を殺すのは酷であると 考える彼の考えは愚かなのだろうか。


「あと、言われたんだ…エミハルトに…」
「何を?」


アレルは一筋の涙を零し、自嘲的に笑った。



「”存在している事自体が罪”だなんて言われたら、生きてなんて…いたくないだろ…?」



アーネストも、今まで斬り捨てて来た人たちも、その全ての原因が自分であると痛いほどに突き付けられた。今まで気にもしてこなかった事がたったその一言で、今までの出来事全てが自分に因果となってしまっているのではないかと思うようになってしまった。”自分”の存在が罪ならば、消えたいと願う以外に何があるのだろう。そしてそう言うアレルの表情は辛い。

”殺せ”と言われてすぐに納得出来る筈もないのだが、今の状態を脱する手立てが見つかった訳でもない。


「はい、そうですか…って、俺がそう簡単に了承すると思ってんのか…?」
「……っ!」
「確かにお前は”魔導師”だった、”脅威”になり得る存在だった…だけど今までは、それでも一緒に生きて来れたんだ…!」


例え自身の素性を隠し、能力にも封をしていたのだとしても、ここ数年間は普通に”一騎士”としての生活をして来ていたのだ。その事実は変わらない。


「なら、俺はその”可能性”に賭ける。”今まで”と同じに戻れるように…何か方法を探す…!」


クレスの言葉にアレルは鳩が豆鉄砲を食らったような、呆然とした表情になった。
そして直ぐに小さく困ったように笑った。


「……君なら、そう言うと思ってたよ」



アレルは近くに倒しおろしていたサーベルを近くに寄せ、指を刃に添わせる。うっすらと指の表面に傷が付き血が滲み出てきたのを確認すると、 クレスの鎖骨付近になぞって跡を着けた。その部分に啄ばむように口を付けた。


「っ…」


ちりっ、と焼けるような痛みが一瞬だけ走る。
それに僅かに表情を歪めた途端に身体の中で”何か”が起きているのを感じる。視界が揺れ、頭の中が掻き回されるような感覚が気持ち悪い。クレスはアレルを突き飛ばし、よろめきながらも立ち上がる。


「なんだ、これ…」
「卑怯な手段を取ってごめんね」


アレルは印の刻まれた左側の目だけをアイスブルーに染め、また自嘲めいた笑みを浮かべた。



「君はもう、”僕”には逆らえない」





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