11


クレスの喉元に向けられた刃は、光を反射してきらきらと輝く。アイスブルーの瞳も煌々としていた。エミハルトは僅かに口元に弧を描いた。


「お前も”アリス”が選んだ候補者か…」
「…」


シャツの隙間から覗いた小さな蝶の印を見たらしく、エミハルトの表情が若干揺らいだ。暫く黙り込むと、喉元に向けられていた刃先は蝶の印の刻まれた場所へと動いて行き、切れない程度の力加減でそっとなぞる。


「本当だったらお前をただ殺し、祝杯の為の血を啜るつもりだったが…興味が湧いた。私が”アリス”になるのも、悪くはないだろう…」
「”あんた”が”アリス”になんてなったら、何もかもが滅茶苦茶になる、”化け物”みたいな奴に天に立たれるなんてまっぴらごめんだな」


力さえ入れてしまえば、直ぐに致命的な傷を負わせることだって出来る。それ程までに近い刃を目の前にして、挑発的な口調で話していた。


「そんな挑発的な口調をしている割には抵抗しない、と言う事は生きる事を諦めたのか?私に殺されようと?」


エミハルトの問いに、クレスは答えなかった。決して殺されようと諦めた訳ではない。だが抵抗する術が見当たらないのだった。自分のサーベルは遠くに転がっており、下手に動けば刃が首に傷を付けかねない。魔法に関してもそれは同じ事であった。

重い沈黙が二人の間を包む。
すると突然、クレスは素手で刃を掴み、自身の首から少しだけ距離を置かせた。エミハルトも突然の出来事に表情を固まらせたが、すぐに”いつもの”調子に戻ると、意地でも離そうとしないクレスの手を振り払おうと力を込めた。



「……で、なんで、俺とマーティスに”中途半端”な記憶操作をしたんだよ…」
「……?」


震える声で、静かに呟き始める。
それは”彼”が去り際に言った言葉から始まり、行動も含んだ全てが気になっていたのだろう。身に覚えのないエミハルトは首を傾げるようにして聞いていた。


「俺に”殺されたい”為?それならなんで完全に”お前”の記憶に封をしない。そうすれば俺はお前をなんの躊躇いもなく斬れたよ、”正義”を着飾ったさ。でもマーティスに行き先を告げて、”思い出せれば”なんて曖昧な魔法を掛けた意味は何だよ!」


手のひらからは血が地面に滴り落ち、僅かにジャケットにも赤い染みが出来ていた。痛みが鈍痛に変わったような気がするが、 クレスはそれでも握り続けた。


「ーーー”助けて欲しかった”、あくまでも単独行動としての戦闘に援軍申請が適用されにくいのを知っていながらも、一人じゃ無理かもしれないと僅かでも思ったから、”魔導師”を倒す為に”誰か”が必要だったんじゃないのか…?」



痛みから来る汗が頬を伝った。



「お前が”エミハルト”に負けるような弱い奴だなんて俺は思ってない…!帰って来い!”アレル”…!」


名前を叫んだ。
目の前の人物の”名前”を。

言葉を聴き終えて間も無く、”エミハルト”は笑い出した。刃をクレスの掌から引き抜くと、クレスは顔を歪める。脈拍と同じリズムで手のひらが痛んだ。


「今のは十分な”命乞い”に聞こえたな…、”アレル”が帰って来る筈がないだろう?もう私は”アレル”の身体に入った、すでに”エミハルト”となって生きる道しか残されてはいない…!」


血が付着したサーベルの先を喉元に再び向けた。
目の前にいるのは決して”彼”ではない。
冷たい目をして、笑っていた。


「安心するといい、”私”がアリスになり、世界の全てを変えよう。お前が死ぬことが”無駄”にはならないだろう…」


サーベルが振り上げられた。
そしてそのまま、勢い良く振り下ろされる。

死を覚悟して。
クレスは目を瞑った。





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