9


クレスは繰り返される攻撃を防ぎつつ、忌々し気に舌を打った。頭では、理解しているつもりなのだが、身体が素直に動かない。
自身にとって一番憎い存在が目の前に居ると言うのに、自身の中に深く刻まれた”アルド=アレル”という人物の記憶が必死に”斬る事”を否定し、攻撃するのを戸惑わせた。

その声も、立ち振る舞いも。
全てが記憶の中と一致していると言うのに、突き付けられた現実がなによりも痛い。それが”彼”とは違うのだと言う事が信じ切れていないのだろう。

攻撃に上手く転じれない状態に加え、突然繰り出す魔法による攻撃は完全には防ぎきれず、所々に浅い傷を作っていた。小さな痛みは実に鬱陶しい。


このままではまずい、と感じた。
頭の中は”斬る”と言う事よりも、”たすける”と言う事の方がいつの間にか多くを占めていた。

覚悟を決めたように、息を飲む。

クレスはエミハルトが振り下ろした刃を受け止めると、側面で地面まで降ろして上がらないように踏んだ。

この僅かな時間だが、エミハルトの行動に違和感を少しながらも感じていた。

それは、彼は決して”サーベルを右手だけでは振らない”ということであった。ただの偶然なだけかもしれないが、魔法を使う時は左手を使ったとしても、サーベルを振るう時は例え右手でサーベルを持っていても左手に持ち替えるか左手を添えていた。

100%そうである、とは言い切れないものの、僅かな自身の確証を信じた。

間合いを詰めたのちに、辺りに瞬時に水球と火球を大量に発生させるとそれをぶつけ合わせた。ぶつかった際に生じた霧がクレスとエミハルトを包む。視界が悪くなった事にエミハルトは少しだけ表情を歪めると、それを気にしないようにサーベルを振り下ろした。
影が見えてはいただろうが、僅かに反応が遅れたエミハルトはサーベルを前に出し、刃をどうにか凌いだ。大きなダメージを与えないようにと今度は手の先に小さな魔法陣を浮き上がらせ、そこから淡く光を発した紐状の物を伸ばした。鞭のようにうねったそれは、サーベルを握った左手に直撃し、サーベルに当たると霧の中に弾けて消えた。

サーベルの先をエミハルトのーーー”
アレル”の身体の喉元に向ける。



「あんた、多分右利きだな…?”アレル”だったなら左手だけでサーベル振るえるし、魔法も使える筈だ」
「……よく、気付いたな」
「まぁ無駄に長い時間一緒に居るからな」
「それもそうか…、記憶の大半にお前が居る」


エミハルトは目を伏せて笑った。そして直ぐに今度は違う笑みを浮かべた。
それを見たクレスの背筋がぞっと凍るような感覚が襲う。


「”記憶”にあった通りだ」


その言葉を合図にしたように、エミハルトから凄まじい量のマナが溢れ出した。
正しくはマナを変換し、それを風のように溢れさせた風圧に似た物だろうか。

とてつもないものに、一瞬でも目を伏せて閉じてしまったのが逆に隙を生んでいた。
気付いた時には目の前にエミハルトの姿が見えない。

それに気付いて僅か数秒後。


背中に電気が走るような痛みを感じた。






[ 142/195 ]

[*prev] [next#]



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -