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『そうか、帰る場所が無いのか…』
『なら俺のところに来るか?』
『お前は才能がありそうだからな!安心しろ、俺が全部面倒見てやる!』
頭の中に思い浮かぶのは、”彼”が自分を拾ってくれた日の事だ。
あの言葉も、笑顔も、優しさも。
何もかもが全て仕組まれていたのか。
嘘だったのか。
自分をこの場に連れ出す為に、約束を果たす為に育てたのだと言うのだろうか。
当然であるかのように、薄く笑みを浮かべたエミハルトを見れば、否定をする術すらなくなる。
「嘘、だ…あの人が、僕を…?」
声を震わせて、左右に首を振った。
悪い冗談だと笑って済ませられる冗談なら良いのにと願った。
それが叶わない現実。
「ーーそろそろ、仕上げと行こうか…」
エミハルトは手を離すと、視線を離れた場所に立っていたアーネストに向けた。その流れでアレルの周りに立っていた数人に視線を向けると、静かに、低い声で言い放った。
「ーーーやれ」
たったの一言だった。後ろに立っていた数人がアーネストの元へと駆け出す。何処からか武器を取り出している姿を見れば、これから何が起こるのかは理解した。
「お前がこの場に踏み入れればあいつはもう用無しだ。いつ元に戻られても厄介だからな…、私が殺そう」
「っ、巫山戯るなよ…!あんたの手が汚れるわけでもないくせに…!!」
アレルは自身を拘束する手を振り払おうと必死にもがいた。だがもがけばもがくほどに取り押さえる人数は増えて行き、自身にかかる重圧も増して行く一方で身体が軋んだ。
「アーネスト…!」
抵抗しないようにとエミハルトが命令を下しているのだろう。されるがままに、
傷を負っていった。目の前で傷付いて行く姿を見ているだけで、何も出来ない事に歯痒さを感じた。エミハルトは平然とした表情で冷たい視線を送り続ける。
「離せ、離せよ…ッ!」
一瞬でもどうにかなればと足元に魔法陣を描くも、ガラスが割れるように虚しく砕け散る。その行動が逆に仇になったようで、どっと体力を奪われる。エミハルトはあくまでも抵抗を続けるアレルに情けを感じたのだろうか、小さく溜息を吐き出した。そして再びアレルの前髪を掴み上げる。
「まだ分かって居ないと思うと、流石の私も呆れるな…」
「っ、に、が…だよ…!」
エミハルトはアレルに顔を近付けて叫ぶように言い放つ。
「”お前”に守れる物もなければ、守られる権利もない!”お前”がとった行動が全て今に繋がっているのだ…、アーネストが死にかけているのも全ての原因は”お前”にある…」
「……!」
エミハルトの吐き出す”毒”は徐々にアレルを蝕んでいく。まるで所々に罅が入っていくようで、息苦しい。
「やめろ、やめろ…」
「このまま逃げ続けるのなら、死ぬのはあいつだけでは済まないだろうなァ…」
一人が鋭く研がれた刀をアーネストに向けて振り上げた。深く肩から腹にかけてと斬るつもりなのだろうとその体勢から分かった。
身体を捩りながら必死に叫んだ。
「やめろおおおお…ッ!!」
喉が裂けるほどに叫んだ。
叫ぶのと同時に重たい物が地面に倒れる音が静かに鳴り響く。
「”お前”が居る限り人は死ぬんだ、”お前”が存在している事が罪なんだよ…!」
呆然と目を見開いた。
見開いた先に地面に伏したまま動かないアーネストの姿が映る。
次第に赤い水溜りが出来て行った。
自分が居るから、人が死んだ。
自分の所為で、人が死んだ。
存在している事が罪。
今までの行動全てが罪。
どこまでが正しくて、どこからが間違いだったのだろうか。
アレルの内側にあったもの全てが粉々に砕け散った。
「さて、始めるとしようか…」
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