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一瞬言葉に詰まった。覚悟も、決めていたはずなのに、いざ口にしようとすると何故か言葉が出てこない。

少しの間を置いて、アレルは自嘲気味に笑いながら言った。


「言わないよ、言わない。僕のこの想いは告げない…今告げても相手を苦しませるだけだから…」


目を伏せると思い浮かぶその姿に、安心したような、寂しさを感じたような気がした。


「僕は”アリス”になって、僕自身の血の柵を無くす…その願いよりも先に、やらなきゃいけない事があるんだ…!」



アレルは地面を蹴った。瞬時にエミハルトとの距離を縮める。振り上げたサーベルをエミハルトに向けて振り下ろすと、強い抵抗が発生した。よく見ればエミハルトの前に突然現れたのは、刀を手にした印を刻んだ者である。印を刻んだ者ーー刻印者はアレルが振り下ろしたサーベルを受け止めると刃を流し、一太刀を放つ。アレルはそれを防ぐと宙を一回転して舞い、距離を置いた。



「私を殺したいのならば、ここまで辿り着いて見せるが良い…お前がどこまで成長したのか、私が見ていてやろう」
「っ…!」


忌々しげに唇を噛むと、刻印者は一斉にアレルの元へと飛び込んだ。囲まれてはいるものの、手早く次々と薙ぎ倒す。手加減は後々自分にとって命取りになる。残酷なまでに容赦無く斬り捨てた。吹き出した血が頬や髪に飛び、所々に赤い模様を作っていく。頬に飛んだ血は伝って垂れ落ちた。

斬り捨てても斬り捨てても襲い掛かってくる一方で、エミハルトは満足げに笑っていた。
その様子が刻印者の間から見える度にエミハルトに対する怒りが湧き上がる。

気付けば殆ど魔法は使わずにその場にいた全員を斬り倒していた。



「ほう…、あれだけの数を容易く斬り捨てるか…騎士団に”入れた”のも無駄だった訳ではないのか…」


エミハルトは拍手をしながら、そう言い放った。アレルはサーベルの刃に着いた血を払うと地面には円を描くように血が落ちる。


「だが、容赦無く斬り捨てる様、そしてその身に纏う血の赤…、流石は魔導師、美しく残酷な姿だな…」
「斬り捨てなければ永遠にあんたの人形のままだ…それなら使えないようにする以外の方法はない」


最良の事をしたんだと、自分に言い聞かせる。それでも罪悪感は抜けない。彼らには何の罪もなく、理由もなく、ただその時がくれば魔導師の為に使われる人形になってしまう。理不尽過ぎる関係に嫌気がさした。

エミハルトとの距離を一気に詰めると、喉元に刃先を向けた。それでもまだ余裕を持ったような表情をエミハルトは浮かべていた。


「容赦無く斬り捨てたのはお前を詳しくしらない、お前も詳しくは知らないただの住民だ…何故お前が苦しむ?」
「確かにそうだよ、でも…巻き込む必要性なんて無かった、国王の命令で魔導師がほぼいなくなったのは分かってる…だけど!もっと違う方法だって…」


今日までに出会った数だけの刻印者も、それは同じ事だった。当時の国王が魔導師の排除を命令した。その命令は国民全員に広がり国中全てが魔導師の敵となった。エミハルトがそれに対する恨みはまだ消えない事もアレルは分かっている。だが、その相手側にも居てしまったから、魔導師であることを、許容量に変換量に封をしてまで隠して、 関わってきた。だからこそ、どちらに対しても感情が揺らめいでしまう。

エミハルトの元を飛び出して逃げた先は”死”しかないと思っていた自分に、手を差し伸べてくれた人は、国を愛している人だった。自分が何処に居たのかを詳しくも聞かない”あの人”が、そしてその周りの人も自分を受け入れてくれていた。だからこそーーーー。


「ただ憎しみからの行動じゃ何も生まれない、国を潰そうとするのはもうやめてよ…!そうしないなら、僕はこのままあんたを刺す…」


悲痛な叫びだった。出来る事なら、対立もしないで、何か別の方法を見つけ出したい。嘗て誰かが”誰も死なないアリスを作る方法”を探そうと言ったように、苦しまずに終わる方法があるのなら、僅かな希望に縋る気持ちだった。

だがエミハルトは、その言葉を聞いて豪快に笑った。相変わらず刃先に怯む様子も見せない。


「何が可笑しい」
「滑稽だな、そんなの、叶うはずもない望みだ。私は国王を潰し、国を潰し、そして漸く私の中の憎しみも死んだ仲間の憎しみも癒えるというものだ…」

サーベルの刃をエミハルトは素手で掴んだ。握った所から血が滴り落ちる。それは地面に水玉模様を描いた。


「生憎この身体はもう限界だからな…、新しい器が欲しいのだが、それは”従順に従う様子を見せない器”だ…だから、素敵なプレゼントを用意したのだ」
「……?」


血が滴り落ちるのも、手に刃が食い込むのも気にせずに力強く握り締めている。アレルに向けていた視線が、アレルの先に向いた。



「”アーネスト”、今までで一番の人形だ」







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