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寝る間際に言われた事がよほど頭に残っていたのだろうか。懐かしい、あの日の記憶が夢となって映し出された。まだ入隊して間も無い頃。入隊する前から成績が良かった二人だった為にそれは波のように広がって、誰かに会うたび会うたびに質問攻めにされていた。

ようやく落ち着いて来た頃、二人だけになれる時間があった。

『ーーほんとに入隊したんだね』
『実感湧かなかったけど、こうも質問攻めにされれば嫌でも実感するな』
『あのさ、一つだけ君に約束して欲しい事があるんだ』
『なんだよ?』


やけに真面目な表情だったが、どこか笑っていて起きる筈もない未来の話をしているようだった。


『もし…、もし僕がーーーー』





そこでクレスは目が覚めた。眩しいぐらいの太陽の光がカーテン越しに射し込む。 ふと隣のベッドに視線を向ければアレルの姿が無い事に気付く。彼が単独行動を願い出て、それを実行しているのを知っていた為に隣に居ない事は最近はよくある事であった。だが何故か、今だけは。妙に嫌な予感がする。

夢の所為だろうか。
それとも夜中に僅かに聞こえたような気がする、”誰か”の言葉の所為だろうか。


釈然としない気持ちのまま、クレスはベッドから下りると着替え始めた。シャツの釦を閉めベストに袖を通した時に扉か物凄い勢いで叩かれる。


「クレス!起きてるか!!おい!!!」
「……マーティス?」


扉越しでも煩く感じるような声量だった。クレスが扉に近付いているのも気付いていないのだろう。ただひたすら煩いノック音と声が聞こえる。



「起きろ!!この馬鹿野ろ…」
「起きてるよ馬鹿野郎!」


どうやら扉にかなり近かったらしく、クレスが蹴り開けた扉に顔面を強打し痛みに悶えていた。暫くの間しゃがみ込みながら痛みに悶えていたが、不意に立ち上がるとクレスの両腕を掴んだ。


「そうじゃなくて!!大変なんだって!」
「は?何が?」
「アレル!アレルが…一人でどこかに行ったんだ!」


マーティスの言葉の意味が一瞬分からなかった。彼だってアレルが単独行動をしている事は知っている筈だ。それなのに、なぜこんな分かり切った事を切実そうな表情で聞くのだろうか。


「俺、夜勤だったんだけど、時間空いたから馬小屋掃除してて…。それで…アレルに会って、さっきまで忘れてたけど不意に思い出したんだ!」
「何言って…」


言葉を言いかけた所でクレスの動きが止まった。マーティスの言葉が鍵だったかのように、夜中に聞こえた”誰か”の言葉が頭の中を響き渡る。聞き慣れた声で”誰か”が”誰か”に向けて言ったあの言葉の意味はーーー。



「マーティス、あいつ、何て言った…?」
「はっきりとは覚えてないけど…、”もし、覚えていたらーーー”」



その言葉を聴き終えた途端に、クレスは上着とサーベルを持って部屋を飛び出した。


「ちょ、クレス!?どこに…」
「ーー”Auf Wiedersehen”」
「…?」


驚きを露わにして追いかけてくるマーティスに向けて、静かな声でそう言った。聞いた単語の意味が分からないマーティスは首を傾げる。


「あいつは、部屋を出る時にそう言ったんだ」
「だから…何なんだよ…」


何故そんな言葉を残したのか。
また別の言葉をマーティスに聞かせるように残したのか。

それなのに、”わざわざ”思い出し難いように封までしたのか。

聞きたい事は山程ある。



「あいつは…」


残した言葉の意味が分かってしまった以上、彼が向かった場所まで行かざるを得ない。




「ーーーアレルはもうここには帰って来ないつもりだな」



脳裏に思い浮かぶのは、困ったような、まるで未練を残しているかのような、曖昧な笑みを浮かべたアレルの姿だ。




『ーー”もし覚えていたら、僕がこれから向かう場所を伝えて欲しい。僕は今から騎士団の”脅威”そのものの場所に行く…、助けてくれとは言わないから、”最後”を見届けて欲しいんだ…その場所はーー』


己に訪れる未来を勝手に予想し、勝手に諦めたような言葉に腹が立つ。
クレスは階段を飛び降り、外に出ると馬小屋へ向かった。一頭の馬に乗りマーティスに叫ぶ。


「悪い、俺今日一日仕事出来ない」
「は!?」


マーティスのすっ飛んだ声が次第に遠くなっていく。出来るだけ早く、早く。アレルが言った場所に向かわなければいけない。

彼の言葉は”覚悟”そのものを表しているのだと思う。


「……っ、させねぇからな…!」


彼もまた決意を胸に手綱を引いた。




『Auf Wiedersehenーーーー』





『ーーーさよなら』


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