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大きな物が扉に当たる音がした。クレスは机に向かっていた視線を音がした方に向ける。ペンを紙の上に置き、扉をゆっくりと開ける。開けた途端に”何か”が倒れこみ、クレスを巻き込むようにして床に倒れた。オートロックの扉はゆっくりと閉まり、鍵がかかる音がする。

倒れた衝撃でずれた眼鏡を直すと、自分の上に倒れ込んだ”何か”に驚きの声をあげた。


「アレル…!?何かあったのか…?」


酷く乱れた呼吸と頬を伝う冷や汗をみれば、何かがあったんだということぐらい誰にだって分かる。顔を伏せたままのアレルの表情は伺えない。返答を待つようにクレスはアレルを見つめていると、僅かに顔が動いた。

若干光って見えるアイスブルーの瞳がクレスを捉えた。その瞳は時折普段の眼の色に戻る。獣に睨まれたようなアイスブルーの瞳にクレスは僅かに怯んだ。


「……っ」


頭に痛みを感じたのか頭を片手で抑えると、不意に力を失ったようによろめき、横に倒れた。気を失ったようだ。比較的呼吸の荒さも通常通りに戻って来た気がする。

クレスはゆっくりと起き上がると、呆然とアレルを見つめた。
それから直ぐに気を失ったアレルを抱きかかえるとベッドの上に寝かせた。その際に開いた襟元から淡く光を発する魔法陣のような物が視界に入った。だがそれは確認をする間も無く消える。


「何だ…今のは…」


クレスは疑問を持ったままクローゼットの中からタオルを一枚取り出すと冷たい水で濡らし、アレルの額へと乗せた。そして再び机に向かい、アレルが目覚めるのを待つ事にした。


アレルが目覚めるまで3時間程の時間が掛かり、外はすっかり真っ暗になっている。飛び上がるように起き上がったアレルは、額に乗せてあったタオルは手元に落ちる。記憶が混乱しているのか、まだ呼吸が早い。少しの間を置いて状況を理解したのか目を瞑った。


「あ、起きた」


ソファに腰を掛けて珈琲を飲んでいたクレスはマグカップをテーブルに置く。


「あれ、えっと…僕は何を…?」
「それはこっちの台詞だって…、部屋の扉開ければお前が倒れて来るし、聞く間も無くぶっ倒れて…3時間ぐらい経ったかな」
「そっか…」


次第に記憶が鮮明に蘇ってくる。薬の効果が切れたのだろう、痛みも苦しさも無くなり、手の震えも治まっていた。
安堵の息を静かに漏らす。


「何があったんだよ、お前」
「……」


クレスの問いに答えられなかった。言ってしまうのは簡単だが、どうにも言う気分にはなれない。 口を固く閉ざし俯く。真剣に、心配も混じった声で問いかけられてしまった為に尚更、口を閉ざすのが心痛い。


「っ、ごめん、今はまだ…話せない…」
「ーーーわかった」


クレスは特に問い詰める事もなく、静かな声でそう言うと掛けていた眼鏡を外し、机の上に畳んで置いた。

沈黙が続く。
時計の秒針が進む音がやけに大きく感じた。



「ーーーねぇ、クレス」
「ん?」


俯いていた顔を上げ、クレスを見つめた。


「入隊する時にした”約束”覚えてる?」



二人の脳裏には今では懐かしいあの日の記憶が蘇る。まだこの地位になってはいない頃の日の記憶。


「覚えてるけど、何で?」
「なら、良いんだ…変な事を聞いてごめん」


そう言って、アレルは安心したように小さく笑みを零した。




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