5


気付いたら眠ってしまっていた。記憶があるうちでは、真琴に寄りかかったのまでは覚えている。それから気付かないうちに眠って、そのままベッドに横になっていた。その辺から引っ張り出したのだろうタオルケットがアレルに掛けてあり、真琴の姿はもう無かった。

アレルは申し訳ない事をしたな、と、僅かに苦笑を浮かべると慌ただしく準備を始めた。少し出張に出ると言っていたヴァレンスが戻って来ているらしく、ここ数日で一気に書き上げた報告書を渡しに行き、また出発するつもりだった。


「ーーーサーベルは…取りにくればいいか…」


ベッドの側に立てかけられたサーベルに視線を送りながら、左大腿部にベルトケースを取んり付けた。机の上に置かれた銃の中に銃弾が入っているのを確認すると、ケースの中に仕舞い、報告書を手に部屋を出る。

窓から見える景色は薄暗い。オレンジ色の夕陽が射し込んでいた。階段を駆け上がり、大きな扉をノックすると中から声が聞こえた。


「失礼します…」
「お久しぶり、ですかね…?待たせてしまってすみません、奥に座って下さい」


アレルは小さくお辞儀をすると、部屋の奥へと足を運び、三人掛けのソファに腰を掛けた。一方ヴァレンスはティーカップを二つトレイに乗せて持ってくるとアレルの前に一つを置き、紅茶を注いだ。テーブルの上に報告書の束を纏めて置くとヴァレンスはそれを手に取り目を通す。



「ーーー”魔導師”、ですか…」
「この間の反逆者達もその前も…大体の人達がその名前を口にしていました。”リング”を渡している可能性も高いです」


”魔導師”。
ずっと昔に生きていた一族だが、魔導師の一族は根絶やしにされた。原因も理由も詳細は不明である。一つの理由として考えられるのはその強大な”マナ”の許容量と、それの対価として人を食らうと言う魔導師にしか持ち得ない性能かもしれない。”マナ”の許容量が多いが故に身体の疲労が後々に塊となって押し寄せ、それを癒す事の出来るのが人の血であった。

また、人を操る能力を持ち合わせており、操られた物は普段はいつも通りに生活をしているものの、発動されれば顔に印が浮き上がり物言わぬ人形となる。その魔法を掛けた張本人を殺さない限り永遠に人形のままとなってしまう。



「ーー根絶やしにされた、とは言え一部生き残りが居るようですね…現に、印を持つ人も姿を見せていますし…」
「生きていると思います、あれだけの人数を操れるなら…当主がきっと…!」


アレルが紅茶に口を運びながらそう呟いた。憶測でしかない事だが、現実を見ればほぼ真実に近い。


「珍しいですね」
「何が、ですか…?」
「貴方がそんなにはっきりと怒りの感情を見せているのと…」


ヴァレンスは視線を僅かに下に逸らして、苦笑を浮かべた。


「ーーーネクタイをしていない事です」


あっ、と今更気付いたような声を上げる。よっぽど焦っていたのだろうと恥ずかしさと共に苦笑が零れた。


「毎日忙しくしていますからね、仕方ない事だと思いますよ…?」
「すいません、焦っていたみたいで…」
「いえ、クレスは普段ネクタイを着けて居ませんし、着ける着けないは自由ですから」


そう言って小さく笑って見せると、思わずアレルも笑みを零した。報告書をテーブルの上に置くと、その一枚が表面を滑り落ちる。アレルがそれに気付き、拾おう前にまずティーカップを置こうと手を伸ばしたその瞬間に、音を立ててティーカップがアレルの手から滑り落ちた。カーペットの上に零れた紅茶は赤いカーペットを深紅に染める。それと同時に自身の身体に異変が起きているのを感じていた。

手が小刻みに震えている。内側から気持ちの悪い熱が吹き出して呼吸が苦しくなった。低い音を発する心臓は脈打つペースが早い。


この感覚は、以前一度体験していた。
王城が襲撃されたあの日、交戦中に自身を襲ったあの苦しさ。
だからこそこれから起こる事態も予想がついた。

ただ一つ、違うと言えるのはーーー。



「ーーー漸く、”効いた”ようですね」
「……!」


苦しさに表情を歪ませたアレルに視線を向けるのは、僅かに笑みさえ浮かべているように見えるヴァレンスだ。

アレルはあの日との決定的な違いとこうなった原因を確信した。
彼はこの部屋では一度たりとも魔法を発動していない。

間も無くして鋭い痛みが左胸を襲う。
頬を冷や汗が伝い、乱れた呼吸のままヴァレンスを睨む。



「っ、なに、した…んだよ…!」
「少し、気になる事がありまして…手荒な真似をさせて頂きました」



本能的に危険を察知した。逃げろ、と脳が信号を発する。立ち上がらないといけないのに上手く立ち上がれずよろめいた。そのままソファの上に倒れると、その上に覆い被さるようにヴァレンスはアレルの肩上辺りに手を付いた。


「ーーーこれで違っていたら申し訳ないですが…、怪しい物は早めに摘み取らなければいけませんからね…」


痛みが原因で発せられた涙で歪んだ視界には冷たい目をした姿が映し出された。









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