2

同時刻。
まだ反逆者が此方側に攻めて来ている事に気付かれていない頃。
リノはリードルフの街中に居た。たくさんの店で買った紙袋を腕に抱え、中を覗いては小さく笑みを浮かべていた。

紙袋の中には苺やら、小麦粉やらと色々な物が入っている。実は料理が壊滅的な彼女だがもう少しすると、誕生日を迎える人が居た。その人の為にケーキを作ろうと真琴と計画し、その練習の為の材料を買いに来ていたのだ。

足取りを弾ませながら帰路につく。

不意に、視界に影が入ってきた。
視線を正面に戻すと、3人のリノと同い年か年上の女の人が囲むように立っていた。
リノは首を傾げる。


「久しぶりねぇ、まさかこんな所であなたと会うなんて」
「……誰?」
「誰?、ですって?忘れたわけじゃないでしょう?”天才”と呼ばれた上級魔法使いのあなたが」


にやにやと嫌らしい笑みをリノに向ける。
記憶の中には一切彼女達の記憶はない。
だがその、目の前の彼女達は”リノ=ミリカ”という人物を知っているのだ。生じた矛盾に首を傾げ記憶を辿るが、やはり思い出せない。
ただ僅かに、頭が痛いような感じがした。


「そう言えば、いつも一緒にいた”彼”はどうしたの?ムカつくぐらいにずっと一緒だったじゃない」
「”彼”…?」


やっぱり思い出せない。
彼女達が言っていること全てがリノにとっては謎で仕方がなかった。


「誰かと、勘違いしてるんじゃ…」
「いいえ!勘違いなんてするわけないでしょう?あなた、私達を馬鹿にしてるわけ?」


一人が怒りを露わにすると、リノの腕を力強く掴む。痛みに表情を少し歪めると同時に、後ろから低い声が聞こえてきた。



「道のど真ん中で寄ってたかって虐め?邪魔なんだけど」


一人の青年だった。
長めの前髪の間から覗く、鮮やかな青い瞳が全員を捉えた。艶のある黒髪が風で小さく揺れた。
気付けばこの四人のやりとりが半ば大事のようになり、あちこちから視線が向けられ話し声が聞こえてくる。分が悪くなったのか、何も言わずに3人はその場を去って行った。
それを視線で追い、完全に消えたのを確認すると青年はリノに視線を向け、直ぐに視線を逸らすと無言で立ち去ろうとした。



「ラス!」

リノはその青年ーーラスの名前を呼んだ。
ぴたりと歩みかけた足を止める。その隙にリノはラスの隣に立った。


「えっと、ありがと!なんかよくわかんない人たちで…助かったよ」
「………」


リノは笑みを浮かべながら軽く頭を下げる。


「別に、邪魔だっただけ」


ぶっきらぼうにそう告げ、歩き出そうとするラスを制した。黒いロングケープの裾を力強く握り締めると僅かに後ろに体が傾いて止まる。


「…っ、なんだ」
「お、おお礼!お礼させてよ!ね??」


半ば強引に近くのベンチまで引っ張ると、そこに座って待つよう命令し、ラスの隣に紙袋を置くと少しの間だけその場を留守にした。5分ぐらいした後、カップを二つ手に持ち戻ってくる。カップからは甘いチョコレートのような匂いが立ち込め、ゆらゆらと白い湯気が揺れていた。

完全にリノの好みのものだが、強引にとは言え買ってもらった以上文句も言わずにそれを受け取ると口に運んだ。


暫くの間、二人の間に沈黙が続く。
唯一の救いはそれが街中であるという事だろうか。たくさんの人々の声が行き交う。


「泣き虫のお前なら、あの場所で泣き喚くと思った」


あまりにも唐突過ぎるラスの発言に、ホットチョコレートが気管に入り噎せる。平然とした表情でさらりと言ってのけるラスの事をジト目で見つめると口を尖らせた。


「何よ唐突に!そんな事ないもん!」
「 ふーん、 ならいいけど」


興味もないと言いたそうな声色でそう切り捨てた。不服そうに頬を膨らませながらラスを見ていた。ラスは視線を向ける事なく、ホットチョコレートを口に運び続けた。

視線を向ける事なく、というより、視線を捉えられないと言った方がいいだろうか。長めの前髪で隠れた両目は、隙間から覗くぐらい。左目の下にある蝶の印も殆ど隠れていた。それがやけに気になったリノは、紙袋の中を漁り淡いピンクのリボンを取り出した。

にやりと笑みを浮かべるとラスの後ろに立ち、髪を触った。ラスは僅かに肩を揺らすが特に暴れる事もなく、冷静な声で問いかける。


「何するつもりだよ」
「動かないでねー!」


ラスの質問に答える事なく前髪を少し残してサイドの髪を後ろで結わえた。格好に似合わないピンクのリボンがやけに可笑しく感じて思わず吹き出す。ラスは不服そうにリノに視線を向ける。


「これですっきりした!、ふふふっ、似合ってる」
「………笑ってるくせに」


不服そうにしているものの、リボンを外そうとはしなかった。その後独り言のように、ぼそりと呟く。


「こんな印、目立つから見せたくなかったんだよ」
「え…?」


聞き返して間も無く、脳内に声が響き渡った。
予想をしていた”最悪の展開”がこれから幕を開けるのだ。リノの表情が暗くなったのに気付いたのか、”それ”が近づいて来ているのに気づいていたのか。静かに立ち上がるとカップをゴミ箱へ放り投げ、リードルフの外れへと足を進めた。


「…、面倒なのが来たな…」


リノは暫く迷ってからラスを追いかけた。

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