9

真っ暗だった世界が次第に明るくなるような気がした。
明るくなるにつれて、腹部に僅かな痛みが生じ、意識が段々とはっきりしてきた。重たい瞼をゆっくりと開ける。見慣れた天井がぼやけた視界に映り視線を巡らせた。


「あ、れ…?」


寝転がったまま記憶を辿った。
前回目が覚めた時は冷たい石畳が敷き詰まった鉄格子の中で、そこから出してもらって、アレルとクレスを助けて…。

順に辿っていくうちに、自分が撃たれた事を思い出した。はっとして左脇腹の辺りを触る。包帯が丁寧に巻かれて居たが、上から触っても痛みはほぼ感じず、安心している自分が居た。ゆっくりと上半身を起こす。辺りを見回せば隣でリノが寝ていた。少し離れた場所に置かれたソファに腰を掛け、目を瞑っているラスの姿もある。まさかベッドの中に入っているなんて思ってもいなかった為に驚きを見せた。ベッドを抜け出そうと真琴がもぞもぞと動き出すと小さくノック音がして、アレルが部屋の中に入ってきた。真琴がすぐに視線の中に入ってくると、僅かに驚きの表情をみせつつも、安心したように笑う。



「おはよう、目が覚めたんだね。傷はもう痛くない?」
「うん…、目が覚めた時は少し痛かったけど…今はもう痛くない」


そっか、と再び安心したように笑って見せた。真琴の視線はベッドの近くで作業をするアレルの手に向いた。刃を握った掌はすっかり治っていた。傷跡すらも残っていない。
それに気付いたのか、真琴の視線を追うように自分の掌を見つめる。


「僕たちの傷は全部治癒魔法で治ったよ。真琴は例外だったから、少し時間掛かっちゃったけど…」
「…ごめんなさい」
「謝る事じゃないよ、無事で安心したんだ」


項垂れる真琴の頭に手を乗せ、優しく撫でる。

「彼も、真琴の事を心配してたんだよ」
「ーー別に心配してない」


不意に背後から聞こえる声に思わず肩を揺らした。眠っていたのだと勝手に解釈していたラスはしっかりと起きており、 腕を組んで視線だけを真琴に向けていた。そうしている間にリノも目覚め笑いかけた。


「 真琴!おはよー!傷は?平気??」
「平気。心配掛けてごめん…ラスも…」


リノは嬉しそうに笑い、ラスは特に変化を見せなかったものの安心したような雰囲気は醸し出していた。

次いで扉のノック音が再び部屋に響いた。
返事を返せばクレスの姿とその後ろに隠れるように並んで立つミルの姿があった。



「目が覚めて早々で悪いけど、話があるって」


クレスはそう言ってミルの背中を押した。
彼女は真琴の姿を捉えるなり視線を反らし、深く俯く。
”あんな事”があってしまった以上、そう簡単には話せないのだろうか。少しの間、重い沈黙が続いた。
だがその沈黙を破ったのはミル自身であった。



「あの…、ごめんなさい!貴女を…殺してしまいかねなかった事も、みんな…」



深々と頭を下げる。
真琴はぽかんとした表情を浮かべた。
状況がいまいち良く理解出来ていないのだろう。


「えっと…、その…」
「私、弟を取り戻すのに必死になって…酷いことをしてしまったわ。”アリス”のルールに逆らおうとした。そして貴女に庇われて…同じことを繰り返そうとしてしまったの」


”アリス”を決める為のルールの上で死んだのだと、どれだけ自分に言い聞かせただろうか。いくら言い聞かせても目の前の真実を受け入れる事を拒んだ結果が、最悪の事態を招いてしまう所だったのだ。未然に済んだものの、弟がした事と同じように守られた。死ななかったものの、死にかけた。

己の犯した罪の重さに心が痛んだ。



「もう、 いいよ…?」
「!」
「貴女は家族が大事だったから…弟が大事だったから、あんな事をしちゃったんだと思う。私には、その気持ちは分からないの」


家族が居ない。
それを失った時の痛みも悲しみも真琴には理解も共有もできない。
”あった”という記憶すらも曖昧過ぎて消えてしまいつつある。

それが分かる彼女の行動が理解し難いと思う反面、羨ましさに似た感情が大体を占めていた。


「もう、こんなことに、ならないように…」
「私も貴女と一緒に”誰も傷付かないアリスの決め方”を探すわ、私はラルの分も、精一杯生きる…」


ミルの目は真剣だった。
揺るぎない気持ちが彼女を立たせていた。
真琴は微笑を零し、小さく頷いた。




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