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身体が風を斬って行く感覚。
胃が浮いているような感覚。
この感覚すらいずれ無くなるのだろう。

そう思った瞬間に、ぴたりと止んだ。
痛みを感じる訳でも無かった為、閉じていた瞳をゆっくりと開く。


「ーーー…?」

さっきまで忙しなく動いていた世界が、ぴたりと止まっていた。彼女の身体も浮いている状態だった。この世界を動かしている時計が止まってしまったかのように、DVDの一時停止を押したように、動かない。

「何、なの…?」

理解し難い現実に戸惑いをみせた。
自分が死んだからこんな世界が見えているのだろうかと考える。
なら、なぜ自分の周りも止まっているのだろうか。

湧き出てくる疑問を他所に、やけにテンションの高い声が聞こえて来た。


「初めまして、そしておめでとう!君は"選ばれ"ました!」


振り返ると自分と同じぐらいの身長の"人間"が立っていた。
顔は黒いフードで隠されている。
口元は僅かに弧を描き、機嫌が良いのだろうと言う事は見てすぐに分かる事だった。

「…誰?」

「んー、まぁ選者って所かな?今の所は!」

明るい声の"選者"はゆっくりと近づいてきた。
その手には淡いピンク色の蝶が留まっている。彼女の頬に向かってゆっくりとその手が伸びる。
その光景をまた他人事のように見ていると、何かを感じ取ったのか"選者"は口を開く。

「怖くないの?」
「何が?」
「何がって…死ぬ事。それに、僕の事。」
「怖いも何も…」


それが願いだから。
怖いなんて感じないのだ。

どうせ死ぬ、今更何があっても恐怖なんて湧かない。

「じゃあさ、君は"選ばれた"んだ。僕の言う通りにしてくれない?」
「言う通りに…?」
「うん、その代わりにどんな願いでも叶えてあげるよ。」

"どんな願いでも"。
それは"死"すらも叶えてくれると言うのだ。
そんな風に叶えて貰わなくても直ぐに叶うと思っていた為、断りの言葉を口にしかけた途端に、"このままじゃ君は死ねない、僕が時間を止めたから君に掛けられた重力はほぼ無になり、とんでもなく痛い思いをして生きる事になるだろう"と最後に付け加えた。
これが真実なら、彼女の願いは成就しない。


「さぁ、僕の言う通りにして?」

蝶の留まった手が自分に向かって差し出される。
口に弧を描いているものの、その声は笑っていない。
半ば脅しに近い言葉だった。

だが、願いが叶わないのなら、
手を取らなければ叶わないのなら…


「絶対に、叶えてくれるのね?」
「うん」

ゆっくりと、その手を掴む。
掴んだと同時に蝶は飛び上がり、真っ白な光を発する。目に映る世界が眩しいぐらいに輝き出した。
そこから直ぐに彼女の意識は途絶える。
光が消えると彼女の姿は消え、残されたのは"選者"のみ。


「…大丈夫、直ぐに叶うよ。」


掴まれた手に視線を下ろす。
風が吹き僅かにフードが揺れた。
血に染まったような赤い瞳が一瞬だけ姿を表す。


「君が、負ければ直ぐに。」


その言葉を言い終えると同時に、再び世界の時計は振り子を動かし始めた。
振り子が動き始めたその瞬間に、もう"選者"の姿は無かったのである。

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