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呼びかけても反応はなく、リノから逃げるように走っていた。それを追いかけるうちに、屋上へと誘導される。辺りにまだ残ったオレンジ色のマナが空気中を漂い、白い月の上に重なると赤っぽい色に見えた。


「ちょっと待って!どこに…」


ぐらり、と足元が大きく揺れた。地震のように足元が揺れ、バランスを崩しそうになる。それでも確かな足取りで目の前の人物は前に進む。低い壁の際まで歩を進める。そしてまた大きく揺れた。

その振動で彼女の体が前のめりになった。このままでは下に落ちる。言葉よりも先にリノの足は動きだし、落ちるギリギリの所で手首を掴んだ。



「……!?」



掴んだ所から、ぼろりと崩れ落ちる。球体関節が外れてぽっかりと空いたアイホールがリノを見つめた。そしてそのままミルを模した人形は下に落ち、空振ってしまった力によって今度はリノの身体が前のめりになった。
ミルを模した人形は地面にぶつかり、割れたような音が小さく聞こえた。
リノが追いかけていたのはミル本人ではなく、誰が何の為に用意したのかも分からない、ミルを模した人形だったのだ。当の本人はすれ違いといった形で王宮からのがれていた。それを知らないリノは必死になって追い掛け、 助けようとした所自分が窮地に陥ってしまった。

リノは片手一本で、壁の淵を掴む。

度々起こる振動に掴んだ手が段々と滑り動く。とどめと言わんばかりに大きな振動が起こった。

その振動で、掴んでいた手は完全に滑り落ち、一瞬、宙に浮いたような感覚がリノを襲う。


ーー落ちる。


そう確信した。悲鳴をあげる暇もなく、身体に重さがかかるような気がした。恐怖からぎゅっと目を閉じた。


その瞬間、自分の腕に誰かの腕の力が掛かった。ゆっくりと目を開ける。


「…クレス…!」
「っに、やってんだよ…!」
「何って…、と言うかなんで…」
「地下のオーブ止めて上がってきたらお前が走ってくのを見かけて追いかけたんだ…っつか、早く逃げねぇとこの城崩れる…!」


至る所に亀裂が走っているのだろう、軋むような音が次第に大きくなっていく。その亀裂はクレスの足元にも及び始めていた。リノを引き上げようと力を込めると同時に亀裂は進み、その亀裂は半円を描く。クレスが居た場所は抉り取られたように滑り動き、二人は宙に放り出された。


「……っ!」



リノを抱き寄せるとそのまま下に落下する。 木々とぶつかる音がして、地面に体を強く打ち付けた。木々がなければもっとすごい衝撃だったかもしれない。リノはゆっくりと閉じた目を開けた。自分の下に、クレスの姿がある事に気付き、すぐに退く。自身の身体に痛みは感じない。クレスが自分を庇って落ちたのだと、間も無く悟った。



「クレス?大丈夫…、ねぇ、ねえってば…」



揺さぶってもクレスの返事はない。呼吸はしていたが気を失っていた。果てしない動揺がリノを襲う。


「どうすれば…、どうすればいいの…」


戸惑った様子でクレスを見つめる。


すると、靴で枝を踏む音が背後からした。それに反応してリノは振り向くと、隊服を纏った団員が3人。

助かった、と感じたのは束の間の事。頬に刻まれた歪な印が、危険だと本能的に悟る。 まだ意識の戻らないクレスの前に立ち、両手を広げた。


「来ないで、こっちに…来ないで!!」


リノの言葉を聞き入れる筈もなく、ゆっくりと近づいてきた。リノは手元に赤色の光を発する魔法陣を描くと、小さな火球がリノの周りに多数出来ていく。


「これ以上近付いたらこれをぶつけてやるわ、今度はあたしが守るの…あたしが…!」


手を払うと一斉に火球は前へと走る。何かにぶつかったのだと分かる爆発音がして、土煙を巻き上げた。放った火球は全て当たった。放った数だけの爆発音がしたのだ。


辺りは土煙で視界が悪いものの、落ち着いて土煙が晴れるのを待った。
次第に土煙は晴れて行く。


「……!?」


目の前に人影がない。必死になって辺りを見回す。自分の後ろに、気配を感じた。
振り返った時には既に遅く、力の篭った手がリノの身体に当たる。元々小柄だったリノの体は吹き飛び、直ぐ近くの身体に背中を強く打ち付けた。

息が止まるような痛み、視界が痛みから来る涙で歪んだ。
ぼんやりとした視界に映ったのは、クレスを抱きかかえる一人の団員の姿と自分に近付く二人の団員の姿。


そのままリノの記憶はぷつりと切れて、意識を手放した。






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