7
音を立てて片膝をついた。
3対1と言う不利な状態に加えて、自らの背で守っている結界がより一層自分を追い詰めて居た。
心臓が脈打つ速度が早く、呼吸が苦しい。頬を伝う汗が鬱陶しく感じた。視線を前に向けると、今もまだ万全とした状態で立ち続ける。
「っ…、いつまで…、やってるつもり、だ、よ…!」
ぐっと力を込めて立ち上がる。結界さえ貼っていなければ、少しは状態は良かったかもしれない。正直に言ってしまえば、いつ"限界"が訪れてもおかしくはなかった。地面を蹴って近付くと、それに対応するようにサーベルが振られた。
一人に対応すれば、直ぐに後ろを狙って切りかかってくる。それを防げば、 不意を狙ってまた切りかかってくるのだ。それを繰り返していれば、自ずと大きな隙が生まれた。その隙を狙い、少しずつ、少しずつと傷を負わせていた。
アレルは最後の賭けに出るように、2、3歩後ろに下がり、足元に魔法陣が浮かぶ。風が髪を巻き上げ、ロングジャケットがふわりと浮かんだ。これで終わらせなければ限界は訪れる。
「これで…、終わりだ!」
アレルを中心に軸にして伸びた線が円を描く。閃光を放ったそれは鞭のように不規則にうねり、時折雷を発した。鈍い音を発して辺りに土煙が巻き上がる。
魔法陣が消えると同時に、両膝をついた。頬を伝う汗が地面に垂れ落ち、シミを作った。
「やった…、の、か…?」
土煙が次第に晴れて行く。今の所は人影は見当たらない。当たった手応えは感じていた。僅かに安堵の息を漏らした。
その瞬間、土煙を割るようにして何かが飛び出してくるのが分かった。飛び出して来たそれは、アレルの片手首に巻きつく。
「!?」
完全に土煙が晴れた。
そこには今も尚立ち続ける3人の姿。
当たった手応えは確かにあった。"普通ならば"立って居られる筈がない。でも今の彼らは、頬に刻まれた歪な印が、"普通ではない"と訴えかけてくる。傷を負っていながらも、体に鞭を打って立ち上がっているようにも見えた。歪な印が歪んだ笑みを浮かべる事によって更に歪む。
「嘘、だろ…、あれを…受けて…? 」
状況をうまく飲み込めていない内に、左胸に鋭い痛みを感じた。刺すような痛みに左胸を掴むと、その場に伏せるように蹲った。痛みに喘ぐ。血の気が引いて行き、冷や汗と痛みからくる脂汗が今度は頬を伝った。
「だめ、だめだ…、今は、だめ…っ、…!」
小さな声で自分に言い聞かせるように呟き、頭を左右に小さく振る。その言葉も虚しく、アレルの体から一瞬で"何か"が溢れ出る。"それ"は地響きのような音と共に重圧となって押し寄せた。空気が震える。
リードルフに居た者ならきっと、誰だって感じたと思われる重圧。
その重圧は、真琴ですらも感じた。
「何、今の…?」
真琴は走るペースを上げた。何かあったんだと、嫌な予感だけが渦を巻いた。剥き出しになった幹に躓きかけそうになるも、必死に走る。あと少しの距離。
アレルの周りにいた騎士団員3人も降りかかった重圧に怯んだようで、後ずさる。暫く睨むようにアレルを見つめたまま立ち続けたが、これ以上はないと判断したのかまた距離を縮めて来た。
アレルは痛みからは解放されたものの、立ち上がる体力も残っていない。城を囲った結界は濃淡を繰り返し、意識をどうにか保とうとする気力だけが結界を存続させていた。ぼやける視界に映る団員を必死に睨む。片手首に巻きついた紐のような物は次第に蔦を巻くように上へ上へと登ってきていた。
アレルへと手が伸びかけていたその時、不意に草が動く。視線は一斉にそっちに向いた。草の影から姿を現したのはーー。
「真琴…!」
「アレル…、大丈夫…!?」
真琴はアレルに駆け寄ろうとした。だがそれと同時に団員の一人が真琴を斬ろうと、体勢を変えていた事にアレルは気付く。
「来るな…!!」
僅かな時間もなく瞬間的に間合いが詰められ、真琴の目の前に立ち塞がった。
「……!」
振り上げたサーベルが、振り落とされる刹那。
自分の肩に力がかかるのを感じた。強い力で突き飛ばされる。視界には琥珀色の髪が揺れたのが入り、苦痛を漏らす小さな声と電気が通ったような音が聞こえた。
音を立てて、そのままアレルは力無く崩れ落ち地面に横たわる。
ガラスに罅が入り割れたような音と共に、城の周りに貼られた結界は光となって消える。
「アレル…!?」
真琴の叫び声に似た名前を呼ぶ声が、辺りに響いた。
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