溺れる魚/イザシズ
溺れる魚/イザシズ
トン、と、軽い音を立てて臨也の胸に収まったのは、見覚えのあるナイフだった。
ソムリエナイフの名門…シャトーラギオールのフェルマンナイフ…。
刃の小さい普通のソムリエナイフと違い、きちんと刃のある流線型の美しいナイフで、高級品だった。
静雄が…シズちゃんが、あの日…店で、悩んで悩んで選んで選んで買ったナイフだ。
臨也の瞼の裏に、その光景が映る。
静雄がバーテンダーをしていた時、おそらく、最も幸せな時期の一つだろう…その頃に、静雄は自分の為に大枚を
叩いてこのナイフを手にした。
嬉しそうに微笑んで、愛しそうに握った美しい流線型のナイフを…確かに自分は目にし、嫉妬し憎んだのを覚えている。
静雄にナイフは似あわないと、だから、態々バーテン時代を滅茶苦茶にしてやった。
少し目を離して放置すればあの化け物はつけ上がる!!と。
静雄にとって、その幸せの形見めいたナイフを、静雄は臨也に突き立てた。
その途端に臨也の中に沸き上がったのは歓喜だった。
君は本気で俺を殺そうとしてるんだね!!
捕まってもいい、幸せの記憶を投げ捨ててもいいと、怒りじゃなく殺意で自分を殺そうとしている。
静雄は、これで前科がつくだろう。自分に永遠に捕らわれるだろうと笑う。
神様よりも確かな、寂しがりやで逃げきれない、静雄の過去と言う確かな物に、今自分は成り上がった!!
そして、何か言ってやろうと口を開くも、声が出なかった。代わりに、ゴポリと血液が溢れる。
「新羅に聞いた。ココを刺したら、肺に血が溜まって、地上で溺れられるらしい…お前は溺死するんだよ…それまで、お前の顔眺めといてやる」
前髪を掴み上げ、下から顔を覗き込む静雄に、臨也は酸欠でクラクラとした頭で思う。
いつだって俺は溺れていたけどね。
そう思いながら、指先をポケットに入れ、ボタンを押す。
…全ての、策も情報も何もかもを破棄して、静雄を殺す手段だけを実行させる指示だ。
全てを捨てて、静雄にだけ向かう、折原臨也が今まで積み上げてきたものを後先考えずに向かわせる。
それは金であり、濡れ衣であり、脅迫であり…ともかく、あらゆる理由から静雄は生きている限り今後その生活を色々な存在に追い回される。ざまぁみろ
臨也は、それを指示した指先で、そっと静雄の頬に力なく触れた。視界は既に霞んでいる。
声が出ないのは残念だなと思う。
まだまだ伝えきれていないものが沢山あったのに…。
まぁ、地獄で伝えれば良いか。
声もなく人魚姫は地上でおぼれ死に、赤い泡を吐いた
[ 4/17 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]