水葬の人魚姫/イザシズ

水葬の人魚姫

 「ねぇ、いい加減そこから出ておいでよ…シズちゃん」
 俺は安アパートの屋上にある給水タンクの中に呼びかける。
 ばしゃん!と、暗闇の中に何か大きな物が跳ねる音だけが聞こえた。
 「何を思ったか知らないけどさぁ…いきなりどうしたの?ぽにょの見過ぎだよ」 
 苛立った様に臨也は言う。
 「人魚姫でもあるまいしさぁ…」
 溜息をつきながら寝袋を用意する。いつでも、シズちゃんがそこから出てきたら捕まえられる様に。


 「おや…セルティ仕事かい?最近毎日、クーラーボックスを持って出かけているようだけど」
 新羅は、ゴム手袋を外しながらセルティに笑った。最近は患者も少なくて、儲けは少ないがセルティと過ごせる時間も増えた。
 『ああ…匿名の依頼なんだが…ある廃ビルの給水タンクに、大型の淡水魚を毎日入れにいく仕事で…時々藻や小さな海老なんかも頼まれるんだが……何かアクアリウムを作ってるんだろうか?』
 首を傾げるセルティに、新羅は答える。
 「さぁ…もしかすると、その給水タンクには人魚が居て、その餌なのかもしれないよ?」
 『それはまた…ロマンチックだな』
 「君の前では私はいつだって、ロマンチストさ…、まぁ…恋が叶わず泡になってしまった人魚姫がそこにいると信じたい誰かとか……信じさせておいてあげたい誰かが、君と言う女神に奇跡をかけさせているのかもね」
 『…新羅?』
 苦く笑った新羅に、セルティは不安げな声をかける。
 「いってらっしゃい、セルティ。奇跡の様な美しい僕の天使」



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