※トリップ



イラート海停の夜は静かだった。
波の音もしない海は私の知ってる色と同じなのに、違うものだなんて。
なんだか信じられないことだけど、確かに私の世界に精霊とか術なんて存在しない。ここは、私のいた世界とは違う世界だ。
ゆっくり息を吐くと色のないそれは空気に溶けていく。
静かに押した宿屋のドア、その先に開けた景色の中に黒を纏った少年はいた。

「…ジュードくん?」

「どうしたの、なまえ?」
「……ちょっと、眠れなくて」
「そっか、今日は色々なことがあったもんね」
「……うん、そうだね」

暗闇の中でぼんやりと見えるその表情は笑ってる。
その姿と昼間見た、研究所で戦ってる姿とを重ねてみてもなんだか別人のような気がした。

医師を目指してる男の子。
笑顔が優しい男の子。
たったそれだけしか知らない、けれど。

「………泣かないで」
「え…?」

たったそれだけしか知らないけれど、これだけはわかる。
この子は望んで人をその手にかけてなんかいない。

医師を志す子が人を傷つけることに躊躇いがないはずがない。ううん、そんな理屈並べなくてもわかってる。
何も知らない私に手を差し伸べてくれたこの少年の優しさを。

「やだなあ、なまえ。僕は泣いてないよ」
「……」
「ほら、風邪引いちゃうしそろそろ部屋に、」
「泣くのは悪いことじゃないよ」
「なまえ…」
「ねぇジュードくん。辛い時は泣いていいんだよ」

驚いたように目を見開く彼が、少しの間を置いて俯く。
なんで、と絞り出すような声が聞こえてゆっくりと彼の手を握る。暖かい手は少年にしては大きく、びくりと反応した肩は子どものようだった。

「…っ僕は、」
「うん」
「ただ、助けたかっただけ、なのに…」
「うん」
「なんで、ぼく、」
「…うん」
「ご、めん…ね。なまえだって、心細いのにこんな、こと」
「ジュードくん、」

抱き締めた背中は思っていたより大きくて、だけど震えるそれは私の両手で包めるほどに小さかった。

誰が責められるだろう、彼は尊敬する教授を探してただ巻き込まれただけだというのに。
そこには確かに彼の意思はあったかもしれない、けれど。

「……っなまえ…」
「つらい、ね」

少しだけ嗚咽の混じる声で私の名前を呼ぶ少年は、まだ成人もしてないただの男の子で。
握った掌は、人を救うことを願った暖かい手だった。






―――
医師を目指していたはずなのに、僕はどうして人を傷つけているんだろう。
なんて、まだ15歳のジュードくんの心境を思うとつらい。

11/11/15

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