「とうせい高校?」 「うん」 「って、えっと…」 「……去年甲子園出たとこ」
ぼとり、と。せっかくきれいに切れた小さなスイカをまな板の上に落としてしまって慌てて拾い上げる。 えっと、えっとと言葉を選んでいると何してるのって笑う声が頭上でして思わず顔をあげた。リビングでテレビを見てたはずの勇人がキッチンまで来ている。ぽっかりと口が開くと変な顔、と笑われてしまった。 いつの間に、と言う間もなく勇人はスイカを乗せたお皿を自然な流れで私の手からさらっていく。その後ろをついてリビングのソファーに腰を下ろした。
「その…強いん、だよね?」 「………すごく」
相手どこになったの、なんて無責任なこと聞いちゃいけなかったなあ。しょんぼりと反省する私を知ってか知らずかスイカを口に含んだ勇人は一言「甘い」と呟いた。
野球のルールは詳しくわからない、だけど去年甲子園に行った高校と今年野球部が新設された高校。違いはわかってるつもりだ。
「きっと勝てるよ」だなんて言葉はもっと無責任だってわかってるから。 何を言えばいいかわからない私の口はパクパク金魚のように開いては閉じる。 不意に「ついに高校野球地方予選の開幕です」だなんてアナウンサーの声も届いて、勇人の視線がテレビに向くのがわかった。
「だから、勝つためにはすげー練習しなきゃなんない」 「…………ん」 「…朝練5時からだって」 「ごっ…!!」
5時!!!今度こそ手からすり抜けて落ちたスイカは鈍い音を立てる。幸いお皿の上に落ちたから染みにはならなかったけど、またもや勇人が笑うのがわかった。
「んで、夜は9時まで」 「えぇ!?」 「だから悪いんだけど、夜ご飯先に食べてて」 「え…」
アイツ待たせとくわけにもいかないからさ。苦笑した勇人の視線の先にはゲーム片手に集中してる弟くんの姿。確かにお姉さんのいない日は弟くんが困っちゃうだろう。でも。
「なまえも飯食べたら帰って大丈夫だから」 「……」 「片付けも俺やるし、あとは…」 「勇人は?」 「え?」
夜遅くまで、それこそ倒れる寸前まで頑張るんだろう。重い体を引きずって、1人でご飯を食べてそれでみんなが食べた後を片付けるんだろうか。そんなの、いやだ。
「待ってる」 「なまえ」 「勇人が1人でご飯食べるのなんて嫌だ」 「でも、10時とかになるんだぞ」 「大丈夫。それに弟くんもそんな時間まで1人なの心配だし」 「そりゃそうだけど…」 「お姉さんは忙しいから、お姉さんいない日くらい私がいるよ」
でも、と遮りそうになる勇人の言葉を私が遮る。 耳の遠くでニュースが終わる音もスイカがゆっくりと乾いていくのもわかったけど、今は気にならなかった。
「それに、ご飯だけ作らせて帰れってひどいと思うな」 「それは…ごめん」 「私は好きで勇人たちの家に来てるんだもん、好きな時間に帰るよ」
勇人が私に悪いと思ってくれてるのもわかってる。心配してくれてるのにこうやって困らせるのは良くないことなんだろうな。 でも勇人にだってわかってほしい。私は嫌々来てるわけじゃないってこと、みんなが大好きなこと。
「勇人が頑張るなら私にも応援させてよ」
お願い、と目を見て言えば驚いた表情が照れたように目を細める。スイカを食べるのだって照れ隠しだってわかって笑ってみせたけど、小さく呟いたお礼はしっかり耳に届いた。
翌日から、週に何日かの夜は私たちの笑い声が穏やかに響くようになった。
―――
お母さんの代わりにはならないけど、応援ぐらいならできるからね。
11/08/28
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