「いい加減そーゆうことやめたら?」 響いた声は静かで、一本の線が通っているように真っ直ぐだった。 「そーゆうことって?」 「今更なにとぼけてんの」 気持ち悪い、と。吐き捨てるように彼女は呟く。それはきっと何よりもの本心なんだろう、彼女は嘘が苦手だから。 開いたドアからこぼれた光が彼女を照らす、それはこの礼拝堂の聖母にひどく似ていた。 「獣みたいに寄ってきた女みんなとヤって、バカみたいだよ」 「別にいーじゃん、俺健全な高校生だもん」 「アンタのどこが健全なのよ」 普通の高校生はね、こんなところでそんな格好しないのよ。そう指差した「その」格好をした俺。緩く結んであったネクタイは床に落ちて、ワイシャツのボタンはほとんど役目を果たしていない。へらりと笑った俺にまた彼女の眉間に皺が寄る、怖ぇ顔と笑えばふざけないでとその手が俺の崩れた襟元を掴んだ。 「なんなの、最近のアンタ」 「なにが?」 「ふらふらしちゃって、前はもっとマシだったのに…」 鼻先が触れそうになるほど俺たちの距離は近くなるのに、互いの表情は対照的だ。 怒りに満ちた表情に思わず笑みが零れる、自嘲的なそれにまたあいつが眉を寄せる。 俺のことを少しでも想ってるならなんでどうして、やめてよって泣いてくれればいいのに。俺のために泣けばいいのに。 俺のことを少しも想ってないならいっそ手も届かないほど離れてくれればいいのに。 もうなんでこんなことをしてるのかなんて忘れた。 でもこうしていればこいつは何度も俺につかみかかってくれる、側にいてくれる。 襟を掴む手、小さくて少し震えてる。怒りからくるのか悲しみからくるのか俺にはわからないけど、確かなのは俺のことを考えてこの手は震えてるということ。もうそれだけでいいじゃないか、どうでも。 「なあ、好きだよ」 「…、ふざけないで」 「ふざけてねぇよ」 「……意味わかんない」 なんなのアンタ、震えた声が教会に響いて離れた手を掴む。前髪に隠れた表情を捕まえようと引き寄せた顔に唇を寄せる。 聞こえた「バカ」の意味はもう俺にはわからなかった。 ――― (好きになってもらうにはどうすればいいんだっけ、俺もうわかんなくなっちゃったよ。) (私がアンタから離れないことの意味わかってるんじゃないの、わかっててこんなことしてるんじゃないの。わかってるならねぇ、どうして好きって言うの) title 塩 11/04/16 |