「…忘れてた」

ぼそり、と。少し大きめの一人言に意味もなく恥ずかしくなって口を手で覆う。
ちらっと振り返った先でパンやおにぎりをレジまで持ってく彼らにはどうやら聞こえてなかったらしい、少し安心してもう一度大きく書かれた広告を見るとそこには「バレンタイン」の文字。そういえばと携帯を開いた日付、もう間近じゃないかと思わず顔がひきつった。

「(千代ちゃんと相談しようかな)」

せっかく同じ部にいるんだ、彼らの努力を毎日見てれば自然と自分にできることを探し始める。ほんの少しでいいから疲れを癒せればいいなと頭の中で知ってる限りのレシピをひっくり返していたら後ろから「何も買わないの?」と声がした。

「え、あ、水谷くん」
「ボーッとしてんね、疲れた?」
「あー…みんなほどじゃないよ」
「マネジも大変だよなあ、おつかれー」

へにゃりと笑った水谷くんがガサリと手の中の袋を揺らす。私も何か買おうと動いたと同時、「あ、」と彼が声をこぼした。

「もうバレンタインかあ」
「…!」
「へ?あ!違う違う!」

別にくれって言ってるわけじゃないから!
慌てて両手を目の前で振る水谷くんの顔はちょっぴり赤い、連動したように赤くなる頬を押さえるとなんだかまわりの空気が変わったようで恥ずかしい。赤くなるふたりだなんてまるで恋人みたい、意識したことのない関係にぶんぶんと頭を振った。

「た、大したもの作れないけど期待しないで待ってて!」
「え、ちょっと、」

これ以上はこの空気に耐えられない、ばたばたと背中を向けて飲み物を掴んでレジに置いた。ああなんだろうこの妙な恥ずかしさ。
ふう、とひとつ深呼吸をして外に向かう、田島くんがこの寒さの中アイスを食べてるのが見えて少し体が冷えた気がした。

「なあ!」

わ、と声を立てて掴まれた肩をゆっくりと振り返る。そこにはやっぱり水谷くんがいてさっきも感じた空気がふわりと返ってきた。
なんだろう、心臓が騒がしい気がする。

「これ、あげる!」
「え…」

手に握らされた赤い箱、見慣れたそれはどこにでも置いてある有名な板チョコ。ただひとつ違ったのはプリントされた文字が裏返しだってこと。

「いつも頑張ってるから、俺から逆チョコ」

お疲れ!と自動ドアに向かって走る背中をぼんやりと見ていた、音を立ててそれが閉まってようやく手の中のチョコを見つめる。

「(……!!)」

大変だ、ほっぺがあついことに気付いてしまった。







―――
バレンタイン過ぎたからここでこっそりあげてみる。

title 塩
11/02/15

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