ぽたり。落ちた涙を拭ってくれる手はもういないのだと、気付いた時に私は涙の海に溺れてしまった。
そのまま溺れていればあの人たちが振り返って掬い上げてくれるだろうか。そうなら私は息を止めて我慢し続けるのに。

「なまえ」
「…どしたの、利央?」

ゆっくりと振り返った先、教室の入り口にはエナメル片手に立っている利央の姿があった。
いつも目立つ金色の髪は少し暗闇に溶けていて、夕日の差し込むオレンジ色の教室はいつの間にこんなに暗くなっていたんだろう。

「…なまえが部活に来なかったから、探しに来た」
「ああ、ごめんね。利央に言い忘れちゃった」

ふらふらしていた視線を利央に合わせて、笑顔を作ってみせる。拗ねた顔をしていた翡翠の瞳が細くなると、絞るような声が聞こえた。

「なんで一人で泣くんだよォ…」
「……」
「なまえ、」

視界に捉えていた利央がゆっくりと近づいて来る。他人事のように眺めていると伸ばした手にピントが合わなくなった。同時に頬に触れる感覚、涙を拭ってくれているのだと気付いてしまった。

「……利央は悲しくないの」
「悲しいよ、すごく。でも、いつまでも泣いてんなって怒られちゃうから」
「……っ」
「和さんたちはさ、俺らに泣いてほしいんじゃないと思う」
「……りお、」

夕日はこんなに短かっただろうか。夜が来るのはこんなに早かっただろうか。
山ノ井先輩が、慎吾先輩が、河合先輩がいた時はこんなことは思わなかったのに。夕日に照らされる彼らをずっと追えるのだと、どうして思っていたのだろう。

ベンチに入ることも叶わなかったあの日、マネージャーも先輩が入るのが当たり前だってわかってた。
それでもこっそり拗ねてた子どもな私に、「勝ち続けてればその内入れるだろ」と言ってくれた。
「約束だ」と頭を撫でてくれた手はあの日に「ごめんな」の謝罪に変わってしまった。

「なまえ」

頬に触れる手はあったかいけど頭を撫でてくれるあの人たちとは違う。
みんなが歩き始めたことだってわかってる。
私だけ、私だけがいつまでも立ち止まって後ろを見たままなんだ。このままじゃいけないなんてわかってる、けど。

「……せんぱい…」

瞼に焼き付いた背中を消したくないと。そう思うことはワガママでしかないんだろうか。
同じように泣き始めた利央の涙を私は見れなかった。












―――

利央が泣いてるのは先輩がいないからじゃなくて女の子がいつまでも自分を見てくれないから。

title 覆水
11/08/24
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